ビッチは夜を蹴り飛ばす。
「鳴の目って硝子細工みたいで綺麗だね」
それなのに、思ったことを鏡みたいに、硯くんが言うから。
なんだか全部見透かされてるみたいで恥ずかしくなってしまったし、そのあとおろ、って目を逸らしたら意図せず唇に視線がいったから、あたしはやっぱり硝子細工の瞳に反して悲しくも不純なのだ。
周りを見てると自分っていよいよ限りなく黒に近いグレーであること、思い知らされて複雑になる時がある。
「あ────────!」
風船が、空に飛んでいくのが見えた。
遊園地にいる着ぐるみのキャラクターに渡されたものらしく、慌てて着ぐるみが大粒の涙を流す女の子に駆け寄ろうとするけど、それより早く隣の影が動いた。
助走をつけ、屈んだ着ぐるみの膝を飛び台にしその影が、硯くんが飛躍する。
ひょい、と軽く掴んで着地の拍子に女子が喜ぶヘソチラの提供があってから、相変わらず軽い身のこなしで風船を捕まえて戻ってきた。
あたしじゃない。その前をすり抜けて、女の子にはい、って風船を差し出した。
「…………おにいちゃんありがとう…」
「どういたしまして」
まだ産毛っぽい、茶髪に細い毛でなんとか三つ編みにした歩き方すらおぼつかない女の子。その子が被った麦わら帽子を愛おしそうに撫でて、硯くんがわらった。
そんなふうに笑うのを、初めて見た。
今日は、いろんな顔を見てる気がする。
めちゃくちゃ子ども苦手そうな硯くんが実は子どもに優しいってこと初めて知ったし、そこに関してはあたしと同じだと思ってたから、なんかちょっとやっぱり後ろ暗さばっかり際立った。生きる世界が重なったら、なんで他者が自分と同じだなんて思ったのか。
ばいばい、って丁寧に手を振ってお母さんたちが姿を現したら、子どもに向けてた時の笑顔が即消えて目も合わせないで戻ってくる硯くんをじっと見る。
「…硯くん、子ども好きだったんだね」
「おれは女子どもには優しいよ」
「へえ。男の人は?」
「男は野蛮だからきらい」
「硯くんがそれ言うんだ」
はは、ってわらって、もう遊び尽くして随分西に傾いた太陽に目が眩んで、手で影を作る。それでなにを言うでも無くじっとしてたからか、あたしの動きにいつも合わせる硯くんもしばらく遠くを見てたけど、思い出したようにあたしを覗き込んだ。
どの段階であたしを思い出したんだろうね、硯くん。
「…帰る?」
「ううん」
あれ乗る最後に。
そう、指差したそれを見て、硯くんはあぁ、って上を見た。