ビッチは夜を蹴り飛ばす。
「それでは快適な空の旅へ、いってらっしゃーい!」
外で大型のカラフルが回る様はなんだか涼しげに見えたのに、いざ乗り込んで見たら当たり前だけどなんとも蒸し暑いそれだった。
観覧車。二回乗った三大絶叫アトラクションに硯くんが真顔でビビリもしなかったお化け屋敷、延々回しまくったコーヒーカップに、ベタ中のベタだけど最後の最後はこれに乗ってみたかったんだ。
一周25分だとかいう、どんどん地上が遠のいて、キャップを被ったお姉さんが徐々に小さくなるのを見送って、わーって窓に張り付いて外を見る。
「硯くん見てみてすごいよ!」
「うん」
「どんどん人が、ありんこになっていくー!」
「うん」
「ねぇ鳴」
「なにー?」
「なんで今日態度変なの?」
向かいに座って、窓枠に頬杖をついて。片方の膝に足を引っ掛けるようにして組んでいた硯くんは、聡いから全部気付いてたみたいだった。証拠に言葉を失くして視線を外に向けたままでいるあたしに、「こっち見て」って声をかけてきて、恐る恐る視線を向けると、真っ直ぐ見入られてさっと逸らす。
けど逸らした時点で確実に負けとはいえ、認めたく無くて強く、強く見てやったら頬杖をついたままふんて鼻で笑われた。まるで王様みたいな態度でね。
「知ってたよ轟木 鳴、別に作戦会議なんて口実でしょ。本当はもっと別の理由でおれのこと呼び出したくせに嘘つくなんて水臭い」
「…、」
「ほんとのことちゃんと口に出して言おうか」
鳴はいい子だもんね、って目を細めて笑われて、あんまりその笑顔が地上であの子に向けたときに見たそれと異なりすぎて余計に訳がわからなかった。地上から離れるとそんな笑い方するの、硯くん。違うね。子どもにしかあんな無垢な笑顔向けないんだよね、硯くんは。
ずるいよ。
「…なんでキスしたの?」
さぞ退屈そうに外を見ていた目が、あたしの言葉に今一度振り向いた。中性的な顔立ちの、その絶妙な位置に固定されたパーツが崩れる。は、って鼻で笑われた。
「鳴がしてって言ったんじゃん」
「言ってないよ!?」
「消毒なんとかとか言ってた」
「それはそうだけどっ…!」
だからって本気でするか普通、しかもなんか、なんかその感覚が他の誰とした時より残ってて、消えなくて、それからなんか恐ろしいほど心地良くて。自然と今ですら気を許せば硯くんの唇に視線がいく自分が本物のビッチに成り下がったみたいで、わーってなってんの、わかる!? って聞いたらわかんないって言われた。わかんないか。わかれや。