ビッチは夜を蹴り飛ばす。
「ちょっと男にキスされたくらいで絆されてんなよ鳴」
「ほだっ、絆されてないし」
「そーかな」
「そーだし! なんでわかんないかな!」
「なにが?」
「硯くんだからだよ!」
意を決して叫んだらちょっと涙ぐんだのに、胸のとこがざわざわしてギュってなって苦しくて、ほかの誰かにきゃいきゃい言われてても構わないけどなんで子どもにも敵わないんだってちょっと思っちゃったこと。でも硯くんはなんとも思ってないみたいで腹が立つ。誰にでもそういうこと出来るんじゃないかって思うとざわざわする。
「まるで誰にでもキスするような奴だと思われてんの心外なんだけど」
「だって男の人にもしてたじゃん!」
「あれは喧嘩でしょうが」
「じゃー他の人にはしない!?」
「されたらするかも」
「やだ!!」
「急に露骨なのなんなん」
小学生みたい、って半目に言われてショックだ。だって変に隠せないんだもん。ちょっとチラつかせたら全開になっちゃったんだもん。駆け引きとか無理なんだもん。
恋とか愛とかはわからない。けど今、例えばめちゃくちゃ綺麗なお姉さんが来て硯くんを持って行こうとしたらそれをあたしは多分黙って見てられない。
関係に名前なんか欲しくない。有るってことは、いつか無くなるってことだ。何もかもしがらみにしかならないならはじめから無い方がよっぽどいい。
いらない。いらないけどさ、甘い言葉も優しい言葉も愛の誓いも嘘くさいし糞食らえ。だけど。
「別に心配しなくてもおれにとって鳴っt大切zZZ」
「また寝た!!」
起きて!! って叫んだらはっ、て意識を取り戻してぼーっとする。ほんと硯くんはこの場に限らずいろんな場面で緊張感を持った方がいい。いや、今日のこれはあたしが悪いにしてもね。
そしてふと3秒ほどあたしを見たのちす、と上体を起こして向かいの席からあたしの隣に腰掛けた。
「なんで!?!」
「いや後ろの観覧車のカップルめっちゃちゅーしてる」
「おう…」
でもちょっと見たい、と左から振り向こうとしたらこてん、と肩に重みがあった。それが硯くんの頭で、鼻先を掠めた黒髪ももうあたしとぶつからない視線の持ち主も、全部全部隣にあるんだって思ったら心臓が穴という穴から飛び出しそうになったけど。