ビッチは夜を蹴り飛ばす。
「硯くんと同じこと言う」
「すずりくん?」
「硯くん」
だって人の言葉なんて一人歩きするし脚色されるしきっとそこに真実はないでしょうって、チュッパチャッパスを咥えながら納品チェックをする大人、って言ったらナカジはなにそれ、って破顔した。
ナカジはテニス部に所属する健康快活な同級生。他のクラスだけど、例のあの日を境に拡散された写真によってあたしのことを知ったらしい。
集団心理ってものがあって、学校っていう狭苦しいたった三年、地獄のような三年に多くはその流れに則って行動する。
水族館の大水槽を行き交うイワシの魚群みたいにさ。
流れに逆らい抗おうとする者は下手したら絶命する。自然だったらそう、だって幼き日にあたしが見上げた大水槽で、あろうことか逆走した一匹は大きな魚に飲み込まれた。
でもその一匹を、ナカジは好きだっていう。
その一匹に、ナカジはなりたいっていう。
誰かの言う何かじゃないんだって。
自分が見た全てなんだって。話してみたかったって言われて、いざ話したらすごく面白い子だったって、あたしが救われたのに自分が救われたみたいに笑うと目がなくなる子。
「じゃ、トドはなんもしてないわけだ」
「トド?」
「や、なんかみんな鳴、鳴って呼ぶからさ。結構テニス部ってチームメイトのこと名前で呼ぶけど、人数多いと重複したりするからあだ名とかつけてんの。私はナカジだけど、パトリシアとかいるよ」
「外人じゃん」
「みんなパトリって呼んでる」
「もう誰かわかんない」
「だから轟木ちゃんはトドね。トド、かわい!」
「わーっ」
ぎゅって横から抱きつかれて、ふわって日焼け止めの匂いがした。そのままきゃーってちょっと騒いだりして、こんな感覚は久々で。ともとゆきとすらボディタッチはそこまでしない方だったから、ボディタッチ多めの女子なんだナカジは、ってその腕の中でけらけらする。
「いいなあトド、可愛い。肌白くってさ、髪の毛も柔らかい。おめめくりくりだし、ザ・女の子って感じ」
「えー。私、ナカジの茶髪好きだよ。小麦色の肌も、運動やってます! って感じで」
「やだよー。日焼け止め塗っても塗ってもやっぱどーしても焼けるもん。私、大学行ったらデビューして色白女子になるんだ」
「あはは、気が早い」