ビッチは夜を蹴り飛ばす。
あたしにはてんで甘いナカジがほっぺたをすりすりして、暑いよーって言うのによーしもう一件行こうっ! って性懲りもなく手を挙げる。何それリーマン? って千鳥足で辿々しく歩いてたら、ふと「鳴」って呼ぶ声がした。
振り向いて、あっと声を上げる。落ち着いたネイビーのシャツにゆったりした素材の黒のパンツ姿で優雅に歩いてきたお兄さん。
「お、硯くん。昼間に会うなんてレアだね! どっか行くの?」
「行ってたの。そんで今からバイト」
「そかおつかれ。今日夜たぶん行くね」
待っててね、って念押しするのに返事はなくて代わりにすいって視線がたぶんナカジを捉えていた。既に自分より背の低いあたしに身を隠すようにしてたナカジは硯くんを見て目を白黒させていて、あーわかる。色香に度肝抜いてんのね。
でもそれ以上気にせずあたしに一瞥だけくれて通り過ぎてくから「待っててねー!」っても一度声を張り上げた。
「…聞いてんのかなちゃんと」
「ねぇトドっ! 誰いまの芸術作品みたいな顔の人!!」
求婚すればよかったよう! ってガクガク肩を揺するから、業者のひとにお酒差し入れで渡すひとって言ったらへあ!? ってナカジは奇声を上げていた。
深夜2時、約束したわけでもないけどいつもどおり人気のないコンビニの扉をポップな音で潜り抜けたら硯くんはやっぱり一瞥だけくれた。
レジで備品補充をしている硯くんにあたしはまるでレジをバーのカウンターに見立てて両手で頬杖をついて話しかける。
「でね、それでね、ナカジすっごい面白いの。魚群の話もしてね来世はイワシになりたいんだって、そしたら川の流れに逆らって鮎みたいに遡上するらしい。変だよね」
「へぇ」
「学校でもあたしが一人でいても構わず話しかけてくれたんだ。みんな白い目向けてきたけどナカジは気にしないんだって、あたしナカジが一緒ならまともになれる気がする、ナカジなら」
「鳴」