ビッチは夜を蹴り飛ばす。
「もうすぐ夏休みだね」
「だねー、二週間だけどね」
「トド、どっかいくの?」
「や、特には」
「そーなの? じゃ私と遊ぼうよ、ってダメだった…夏休み明けの個人戦に向けて体作んなきゃなんだった」
まるでアスリートみたいな口ぶりだけど、晴れて一週間前に終わった期末テストでナカジは見事平均点以上を叩き出し、かくいうあたしはと言えば安定の及第点で留年を免れた。
試験が終わってまた部活が再開してからは、ずっと言ってる。これを指摘したら怒られるから言わないけど小麦色は日に日に黒くなっていき、今のナカジの全ては夏休み明けの個人戦、その一つに尽きるって感じだ。
廊下で翠ちゃん一行の肌の白いふわふわな髪の毛やこの季節でもいい匂いの女子たちが通りすがり、あたしは複雑な気持ちで、ナカジは羨ましそうに彼女たちを見る。
「はーっ。いいなー。テニスは頑張る、頑張るけどやっぱり高校生らしい青春もしてえなあ」
「口ぶりがオヤジ」
「ねっ。トドはさ、ちゅーとかしたことある、!? 男の人と」
「出たよ純情ナカジによる突然の恋バナ」
「気になるんだもーん!! ねーねートドの恋バナきーきーたーいー!」
首を掴んでガクガクされて脳震盪。叶うならこのまま死にてえやって思った。大好きな人に大好きな人の手で、でもそれを成すのはいつだって硯くんだと思ってた。恋じゃないけどね、きっと。愛でもないけどね、きっと。でも容赦なく殺してくれそうじゃん。
あるよ、って思う。ナカジ、あるよ。キスしたこと。セックスしたこと。
どっちも、好きでもない男にはじめてを奪われた。
「なるほどわからん」
以前抜き打ちでやったテストの追試だかなんだかを避けるに避けていたら特定の課題を渡されてそれが終わるまで帰るなって怒られた。
暑い教室の中、もうみんなが帰った自分の机で腕を枕に突っ伏すと、グラウンドから運動部だかの声がする。これが青春だったって、いつか思う日が来るのかな。今じゃ皆目見当付かんけど。
どこからともなく飛んで来たてんとう虫が机にピタって止まって、そのてんとう虫を人差し指で追いかける。ふいにスマホに止まって、それがチカッて光った。