ビッチは夜を蹴り飛ばす。
「─────────」
意識より早く教室を飛び出して二段飛ばしで駆け下りる。動け。走れ。早く。早く。早く早く早く。
「ナカジ!!」
自分の体すら煩わしくて声を張り上げて呼ぶけどみんな変なものを見る目であたしを見るばっかりだ。廊下を走りながらテニスコートを見るけどここからじゃナカジの姿がわからない。窓に張り付くように身を乗り出してからわからないと知るとそのまま廊下を突っ走る。けど焦ったせいで足がもつれて盛大にこけて吹っ飛んだスマホに手を伸ばしたら誰かがそれを拾い上げた。
耳に髪をかけて立ち上がる妖艶なその仕草。翠ちゃんだ。翠ちゃんもあたしとわかるとえって動揺したように声を出す。後ろから栃野も現れて動揺する。
「なにやってんのあんた…鈍臭すぎでしょ」
「かえっ、返してっ、返せ!!」
「はあ? 人がせっかく拾ってやったのに」
そこまで言ってブブ、と二人も何かを感じてよそを向く。それぞれ胸ポケットとスラックスの中に入っていたスマホを取り出してすぐさまなにこれ、って顔を顰めた。
「見せて!!」
「あっ! ちょっと」
翠ちゃんのスマホにも栃野のスマホにも同様のメッセージが送り付けられていて、黒画面に白文字のジャックみたいな挙行に戦慄する。通りすがった生徒も、下でスマホを取り出す生徒も、みんなみんなみんな、うそ。うそだ。これ、もしかして、
全校生徒に送りつけられてるの。
「──────クソ」
「おい鳴!!」
弾かれたように駆け出して階段を降りるけどたぶんさっき転けた拍子に右脚を捻ったらしかった。痛みに構わずテニスコートまで辿り着き、目についた女子生徒に抱きつくように話しかける。
「ねっ、ねえ、ねえ! ナカジっ…ナカジは!?」
「えっ、ナカジ?」
「中島沙和!!」
「あー、中島ちゃんならさっき着替えて帰ったよね」
「うん、なんか急ぎの用事があるとかで…わっ」
すぐさま踵を返して走り出す。ジンジンする。痛い。痛い。脚、痛い。でもそんなのどうでもいい。あたしの足なんてどうにでもなる。
電話しようにも気味の悪い悪質な画面が乗っ取られたみたいに消えなくて、辺りを見回す信号待ちの間で強制再起動をしてスマホ会社のマークが白い画面に浮き上がる。いいからそんなの。はやく、はやく、はやくはやくはやく。
ホーム画面に辿り着いたと同時にナカジを選んでタップして、青信号と同時に走り出す。繋がれ。お願い。繋がって。
接続音と同時にプツッと何かが途切れる音。
「ナカジ!!!!」
《───もしもし? トド?》
視界が真っ暗になった時にナカジの声で救われた。黒ずんだ瞳にわかるように光が芽生えてきて、息を吐きながらナカジ、っても一度声に出す。ナカジ。ナカジ、無事だ。
「ナカジ、いまどこ!?」
《えー。それはこっちの台詞だよ、トド、今どこにいるの?》
「え?」
《大至急って、トドが呼び出したんじゃんか》