ビッチは夜を蹴り飛ばす。
 

「先生!」


 鏡に向かって赤と黒のネクタイを当てがっているとバン、と扉が開け放たれて鏡越しに秘書と目があった。


「やりました、都民の中間支持率、トップです! このまま独走すれば都知事選一人勝ち夢じゃないですよ!」

「お前、紺のスーツに対して赤と黒どっちがいいと思う?」

「おっ、気合い入ってますねー。ここは大詰めですし勝利の赤にしときましょう! しかし本当に我が党の大先生は勝利が目前でも驕らず落ち着いていらっしゃる、しかし初出馬で既存の有力候補抑えてトップに上り詰めるなんて先生一体どんな手使ったんです?」

「仕掛けなら簡単だ。タネは存分に撒いておいた」

「いかんせん女性人気が高いですからね、その界隈の顔がお広いんでしょう」


 悪い人ですねー、と背広を羽織らせる秘書には構わずスマホの銀行口座を見る。出金の記録が一切ないのを確認すると画面を切る。


「先生こんな晴れ舞台なんです、今日で都知事選決まりますよ。ご家族の方とかには報せたりしなくていいんですか? 確か…お子さん大学生でしたっけ」

「生きてたら22か…3か4かそこらだな」

「嘘でしょ、あなた自分の息子の安否確認はおろか歳もうろ覚えなんですか」

「昔は懐いていたはずなのに高校の頃家を出てからはバッタリだ。一度場所を突き止めて金はカンパしてやるから国立大へ行けと言っても無視。…能はあるから当て付けのように別の大学に進学した。あの親不孝者、育ててやった恩も忘れて」

「あーまたそういうこと言う。思春期で何かと敏感な時期だったんでしょう、何か酷いこと言ったんじゃないですか」


 「先生そろそろ、外大勢人集まってます!」の声に振り向いてスマホを伏せる。そして秘書の肩をぽんと叩いた。
 

「昔のことなんて忘れたよ」












「きゃー、三浦恒正かっこいいー♡」

「ままー、ねえまま、見えないよママッ、」

 人混みに押されて飲まれかけた少女の手を鷲掴む。スマホで連写していた母親の肩を叩くと慌ててごめんなさい、と叫び泣き噦るその子を抱き締めた。


「親ならちゃんと手を繋いでおいてあげて」


 
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