ビッチは夜を蹴り飛ばす。
ひゃい、と怖気て涙ぐむ母親をすり抜けて、人混みを避けた場所にいるとご本人の登場にワァッ、と宗教じみた国民の歓喜の声と拍手喝采が湧き起こる。手を挙げ会釈し笑顔を振り撒く男を見たそこで、はたとそれが目についた。
《───暖かいご声援、ありがとうございます。高い支持を頂き今この場に立つことが出来るのも、今ここにいる皆様方お一人お一人のお力添えあってこそです。
そのあなた達に伝えたいこと、私が都民の皆様の為に出来ること、その意志はこの声をあげた時から一切揺るぎありません》
「いいぞー!」
「三浦さんについて行きます!」
《今この瞬間も日本で繰り広げられている女性の尊厳を乱す行為、性犯罪や差別を我々は決して許してはいけません! 女性を軽視する社会、声にならない声を救うには私達男性が名乗りを上げるべきだ! その為に》
《自分が過去に援助交際の関係を持った女性に強請りをかけて不正に票を稼ぐことも厭いませんか》
観客側からのメガホンの声にざわ、と人混みが彼の周りから遠ざかる。全身黒の身なりに黒のキャップを被ったマスク姿の男が、マスクをずらし、キンとハウリングを起こす。
それを見て援交? 何の話、と騒つく観客にハッとした秘書が慌てて呆然とする男の肩を叩く。
「…先生、先生あの子って」
「………やめろ…」
《当時6歳の実の息子がいながら女子高生を自宅に連れ込み定期的に情事に至っていた、家族が認識したのは一度だったが調べればそれは複数回に渡っており、実の息子のDNA鑑定でも父親以外に複数の女性が母親である結果が出た。
人物特定不能、それは同時にあんたが婚姻関係を結ばない未成年の女性に手を出し金を積んで示談させた望まない命の証明だ》
「やめろ、」
《それだけに留まらず援交の事実を口外されたくなければと当時関係を持った女性に強請りをかけた。自分自身が一旗上げ競争率の高い都知事選でトップの支持率に上り詰めるため投票操作したんです、それをまるで自分の実力みたいにのうのうと》
「やめろ!!!!!!!」
張り上げた声にシン、と辺りが静まり返る。
「…おれの母親は誰なんですか父さん」
痛切な問いだった。眉を下げほのかに笑った彼に、こちらも笑いながら左右に首を振る。
「あ、あぁ…金か、金だろ、金が欲しいんだろ!」
「ちーがーいーまーすー。
おれが殺したいのはあんたの社会的立場です」
本当は知りたかっただけだった。自分が何者か。誰なのか。父のそばにどうしていて、
そこに理由はあったのか。