ビッチは夜を蹴り飛ばす。
 

「あんたを信じたかったから」


 呟いて踵を返す背中に、はくはくと口を開いて声を出す。







(つかさ)!」



 呼びかけに立ち止まり少しだけ顔を横に向ける。それっきり、その影は人混みに紛れて消えて行った。


















 アパートの階段のところで拾ったチョーク片手に錆びれた足場に落書きしてたら、こん、と小石が階段に飛んできた。

「あーそーぼ」

「………硯くん」




 カリカリ君アイスつき、とスーパーの袋をぶら下げた硯くんは今日、全身真っ黒コーデだった。黒のオーバーサイズの長袖シャツに細身のダメージ黒パンツ。黒のキャップにマスクだけは白で、耳にはおっきな黒のピアスで目に関しては蒼かった。
 桃のカリカリ君と物珍しい硯くんからの「あそぼ」につられて付いてきたのは川沿いの土手。夕方で、ちりんちりんと自転車で通り抜ける人、走るひと、散歩する人を遠くに見ながら食べ終わったアイスの棒を地面に突き刺して蟻のお墓に見立ててみる。


「硯くん今日、全身真っ黒じゃん。どっか行くの?」

「行ってたの」

「またそれかい。いつもどこ行ってんの」

「大学」


 答えられたことに驚いた。だいがく。大学。そうか、硯くん大学生だったんか。

 年上なのは知ってたけど素性までは知らなくて、追求したら離れてしまいそうでなんとなく聞けずにいた。あわやこんにゃくで終わる予定だった今日の今日で思いがけない収穫があったから、目をキラキラさせて口ではふーんって返事した。たぶんこのキラキラ伝わってんだろうけどね。横目で見て笑われたからわかってる。



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