ビッチは夜を蹴り飛ばす。
硯くんがあんまりあたしに甘いというか甘やかしてくれるから、頃合いを見てさりげなく聞いたことがある。確か遊園地に行った後くらいだったかな。直球で訊いたらはぐらかされたからなんで優しくしてくれるのって聞いたらそれが定型文みたいに言っていた。
『鳴が大切だから』
告られた、とニヤけかけたら〝妹みたいに〟と付け足された。その時点で一線、引かれたんだあたし硯くんに。だからそのあと栃野にキスされてセックスされても助けてくれるのが彼じゃないのに妙に合点がいったけど、腑に落ちないことだってある。
じゃあさ、じゃあ聞くんだけど硯くん。妹みたいに思ってる人間に、じゃあなんでキスしたの。
難解だらけの世の中に持て余した夏は長かった。
毎日、多分騙し騙し生きてたんだなと思う。夏は友達と約束しない限りひとりだし、だから正直あっという間ってみんなが言うように思ったことがない。明けたところで始まんないんだけどね。停学の影響でみんなより三日夏休み長いから学校行ったら机無かったりするかもね、知らんけど。
考えたってしょうがない。来ることは来る。それだけ。
カリカリくんの梨味をコンビニで買った帰り道、それを舐めながら歩きスマホをする。信号待ちで後ろを駆け抜ける元気な小学生に一瞥をくれて、青信号で先を行く。
ふとそこで視線を感じて振り向いた。その先には誰もいない。気のせいか。
そして前を向いた直後あたしの視界は事切れた。
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水が、滴る音がする。
霞んだ視界に目を凝らすと、猛烈な頭痛にくっと眉間に皺が寄る。そうだ、あたしたぶん誰かに殴られて、
ここどこ。
「あ、起きた」
渾身の力で目を剥くと椅子の背もたれに両肘を置いていた男がのんびりと微笑んだ。廃ビルっぽい空間に椅子がぽつりと置かれただけ、そこに座る男と、周りにも無数の男たちがいて混乱する。
「……………………お前だれ」
「お前んとこの学園長の孫ぉ」
海塚 怜です、と目にかけてVサインされては、と言う。そこで灰色の床に血が落ちた。おでこから血。あたしどんだけ強い力で殴られたんだ。