ビッチは夜を蹴り飛ばす。
「鳴」
電話口で男が指定した場所に辿り着くと、入口に鍵がかかっていた。
ガラスが破られ何かのテナントが撤収後掃除も一切入ってないような古びれたコンクリート打ちっぱなしの内壁はもう、廃墟同然だ。
本当にこんなとこにいんのかと思いつつ、助走をつけて瓦礫と建物の外壁に足をかけ二階へと潜り込む。
「鳴いたら返事しろ」
廊下に散乱したガラスの破片に気をつけながら先を行く。ガラスがなく開け放たれた一つ一つの空間を廊下から確認していると、ふとその姿が目にとまった。
「鳴」
霞んだ世界に、変に調整されたみたいな音で声が届く。めい、ともう一度呼ばれたらやっと声が鮮明に届いて、曇った世界に黒い影が舞い降りる。
抵抗の余力も無くて目だけでその声を辿りぼんやりと見据えたら、硯くんだ、と頭では認識した。来てくれた。探して、来てくれたんだ。そっか、そっかぁ。頭では思うのに言葉にはならなくて、自分がどうなってるのか分からない今硯くんが辺りを見てあたしを見下ろしているのだけがわかる。
そして屈んだ。青い瞳があたしを射って、それに目で応えたら心底死んだみたいな目をされる。なんで硯くんがそんな目すんの、変なの。
「………おれ、遅かった?」
「…はんぶん」
半分ね、って笑ったら、ほぼ抱きつかれるみたいに抱き起こされた。苦しいよ、って思うのに、硯くんにそんなふうに思っちゃいけないのに、その瞬間ぶわ、ってまた底から何かがこみ上げて怖くなって肩を押す。
「…何があった」
「あ、たし、ナカジのこと傷つけたの、あたし、だったんだって。…あたしたちだったんだって、加害者、集会で、燃やした、火傷させて、それがおとう、とだったから、かいづかおこって、腹いせに他人使ってナカジを」
「何言ってんだよお前」
頬を撫でられてぞく、と震える。心底心配そうに硯くんは見てるのにそんな目で見ないでって思うのに全然関係ないとこが疼いて、はあ、って熱い息を吐く。
そのまま頼るように硯くんの肩におでこを置いてたら、一瞬硯くんが眉間に皺を寄せたのが見えた。あ、血みどろだからか。汗臭いのかなぁ、ごめん、と思ってから離される。
「………お前なんか顔赤くないか」
「………なんか変なくすり、のんだ」
「薬?」
「ん」