ビッチは夜を蹴り飛ばす。
 

 赤いやつ、もうあたしの中に溶けちゃったのかなぁ、って言ったら、硯くんが察したみたいに顔を逸らした。なんのことなのかわかんないから教えて欲しいけど、そっから頭ぼーっとしてて熱くて、でもちょっとだけたのしいよ、って笑ってたら青い瞳に睨まれる。


「どこまでされたの」

「ほうだ、かぎ…このびる、燃やす、から。鍵かけて、そんであたしん中に隠したの、隠すだけだったから、いっぱい触られたけど、された、わけじゃない、えらい?」

「隠した? 鍵ってあの入り口の? 鳴の中って」


 そこまで言ってこく、と頷いたあたしに、硯くんの目が照準を定める。相変わらず綺麗な目だなぁ、宝石みたい、って掴もうとしたら避けられた。あれれ。
 硯くんがどーやって入ってきたか知んないけど、でもあたしは超人じゃないからこの二階だか三階だかから降りられないし出られなくて困る、出られなかったら爆発するって言ってたって言ったら、言葉にしたらその意味がわかってぞっとした。

 頭が冴えて言ってしまったまずいと思うのに青ざめるあたしに硯くんは静かに問い掛ける。


「鳴が選べ」

「え、」
「おれとここで死ぬか、鍵出して生き延びるか」


 硯くんは出られるんだから逃げたらいいじゃん、と思った。頑張って入ってきたんでしょ。あたしはたぶん出られっこないけどさ、いってよ、って言葉に出せずに涙ぐんで肩を押すのに、全く押しきれなくてまた涙が出る。

 ぼろ、と壊れたみたいに溢れる涙に、至近距離で硯くんの顔が見てるから余計恥ずかしいのと愛おしいのでぐちゃぐちゃになる。死んで欲しくないよ。あたしのためになんか死ななないでほしい。から。

 

「………死にたくない」


 そう言葉に出したら、合図みたいに口付けられた。

 前したみたいなそれとは違って、斜めから触れて、(ついば)むみたいにするキスが気持ち良すぎて、応える事もできずに自分がこの愛しさを待ってたんだ、と震えて後ろに倒れる。


「あついのやだ、から、くすりだしてほしい、」

「錠剤だったらとっくに溶けてるから抜くしかない」

「ぬくってなに?」

「酒抜くのと一緒」


 羽織っていた上着を脱いであたしの上半身にかける仕草の合間、どさくさに紛れ込んで硯くんの黒髪に手を差し込む。あったかい。実はさらさらだけどちょっとだけパーマとか当てて猫っ毛っぽくしてるんだよね、確か。出会った頃さらさらヘア過ぎてお人形みたいって思ったもん。

 合間に首筋や鎖骨に触れる唇にびく、って怖いくらい跳ね上がって、たったそれっぽっちで欲情する。さっき鍵を入れられる時も適当に広げろって合図で男が体を触ってあたしの足の間に手をねじ込んだけど、その時は痛いばっかりだった。だから痛いまま引き抜かれるのを想像して怖くなって、また体が強張って目を閉じた瞬間澄んだ声に「めい、」って呼びかけられる。


「集中して」
「…ん」

「おれのことだけ見てろ」


 こく、って力強く頷いたら決意表明だったのに軽く笑われた。なんで、と怒りかけたときにまた唇が触れて、足の爪先から頭のてっぺんまで痺れて怖いけど硯くんにしがみつく。


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