ビッチは夜を蹴り飛ばす。
「………硯くん、」
手で抑えても抑えてもみるみる内に真っ赤になって、そうだ救急車、スマホ、って血だらけの手で自分の身なりを確認してスマホがないことに泣きそうになる。
あたしはこんなに慌ててるのに怖いくらい硯くんは冷静で、ぐずりながらなんで、って焦るあたしに薄く開いた唇が投げかける。
「鳴」
「………まってね硯くん大丈夫、すぐ救急車呼ぶ、から、大丈夫だから」
「行け」
はっきり届いたその声に、一瞬止まる。でも聞かないふりしたらまた同じことを言われた。首を振る。
「やだ、」
「いいから」
「やだ」
「お前だけなら一人でも助かるはずだ」
「一緒じゃなきゃやだ!」
「おれは大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないよ!!」
食い下がってしがみついた。抱き締めて硯くんの匂いがして、少しずつ失われてく体温でまるで自分が死ぬみたいでこんなにこんな、怖いのに。
「硯くんが大丈夫でも硯くんがいなきゃ私が大丈夫じゃないんだよ!
ふたりで行くんだよ、ふたりじゃなきゃだめだよお、」
絶対やだ離れない硯くんいないんならここで死ぬ、と大声で泣き叫んでしがみ付くあたしの頭に硯くんの手が柔らかくぽん、と乗る。なにそのわがまま、って霞んだ瞳で笑うと、その声が仕方ないなぁ、と呟いた。
土手沿いにとめた数台のバイク、それにもたれながら廃ビルを監視していた下っ端は川に石を投げる海塚に振り向いた。
「…あいつら出てこないっすね。そろそろガチでなんとかしないとリアルに巻き込まれて死んじゃうんじゃないっすか」
「ばーか。いくら私有地だからって今時爆破で建物倒壊なんてあるわけねーだろ、あったとしてもさすがの俺でも権限ねーよ」
「えっ、じゃああれ全部嘘っすか!?」
「ま、でも玩具は仕掛けといた。上手くいけばあれで」
直後、右耳を熱が劈いた。
ぼたぼた、と滴り落ちる血に男数人の視線が集中して、海塚さん、と叫ぶ声に紛れて首に冷たい感覚が当たる。