ビッチは夜を蹴り飛ばす。
あの日海塚に言われたことを硯くんに話してから思った。
「それはない」
「え、なんで?」
「よく思い出してみろ。あの日おれが乗り捨てたバイクは確かに操縦を失って爆発・炎上したけどそれって最後どこにぶつかってそうなった」
「それはだから新崎に…」
そこまで言ってあれ、と思う。確かに硯くんの相手は新崎だったけど、バイクが炎上したのはガードレールにぶつかってからで、それで、それで新崎は、
バイクをすんでのところで躱して横転した。
「あたし…記憶違いしてたってこと?」
「状況が状況で気が動転してたから言いくるめられたんじゃない。でもこっちの過失も半分ある」
「半分」
外で車体にもたれて飲み物を口に含んでいた硯くんから助手席にポイ、と雑誌を投げられる。何これ。バイク雑誌? 表紙を白のバイクスーツを着た20代くらいの男が飾っていて、その瞳があの日、目に涙を浮かべた海塚のものと重なった。
「新崎 佑って業界でも有名なレーサーだったらしい。気鋭の新人だって将来有望視されてた」
「…」
「その芽を摘んだ。
弟が未来を奪われたことは海塚にとって、きっと鳴にとってはおれを、おれにとっては鳴を失うこととほぼ同義だった
だから傷つけられ方なんてそこまで重要じゃなかったんじゃない」
あるのは事実だけ、と声がした時雑誌に挟まった新聞記事に辿り着いた。〝全治二ヶ月・現役復帰は絶望的か〟のその見出し。そして浮かぶ海塚の言葉。
「…“人間の悪意なんてちょっとの法螺で簡単に色付く”」
「結果、奴は自分もろとも欺いた」
「…」
「海塚 怜は自分の犯した罪を鳴に裁かれたかったのかも」
法螺は所詮その火種、と飲み物を飲み干して運転席に乗り込んでくる。平日の昼間にサービスエリアに停まる車は貨物車ばっかりで、少し離れたところにぽつんと停めた赤のフェラーリは余計に目を引いて、だからさっき通り過ぎざまトラックのおじさんに「にーちゃん若いのにいー車乗ってんなぁ」と茶化された。
でしょ、ってそれだけ軽く返して面白くないみたいな反応をされたのに平然としてる。平然として、ちょっと居た堪れなくなったあたしにふっ、て息を吹きかけて気を紛らわしてくる硯くんが、ここにいる。
それを失うって思ったら。