ビッチは夜を蹴り飛ばす。
「…あたし硯くんが死ぬかもって思ったとき、本気で海塚のこと殺そうとした」
「まんまと相手に乗せられたってわけだ」
「あたしたちにとっては海塚は悪だったけど、違う角度から見たら被害者で正義だった。これからまた同じようなことあったらあたしも海塚みたいになっちゃうのかな。…あたしその時今度こそ誰かのこと、」
「正義なんて名ばかりで全部実は絶妙なバランスの上で成り立ってる」
エンジンを付けて膝をついていた硯くんが、そっぽを向いて唇に指の節を置いていた。どこか考えるような仕草。俯向くあたしに、その声はいつも突拍子もない。
「おれなら殺してたよ」
「え?」
「鳴と逆の立場だったら」
「…」
「でも鳴は殺さなかった」
それでいいんじゃないの、と言われ、ブルーレンズのサングラスをかける。ゴミそこ入れて、とお母さんみたいにお世話されながら食べかけのバーガーを包み紙にくるんで紙袋に収めてぼーっとしてるから、硯くんは一度あたしに覆い被さってご丁寧にシートベルトまで付けてくれた。
「…あたし、弱い?」
「おれはおれが弱いと思う」
「…」
「さしあたって鳴はその逆」
「…硯くん、あたしには甘々だね」
「おれは女子どもには優しいよ」
それ前にも聞いたやつ、って笑ったら急に発進されてがつ、と頭をぶつけてもれなく舌を噛んだから、いや全然優しくないや、ってちょっとだけむっとした。
手紙が来た。
あたしが学校を壊した後の話だ。そこには住所だけがあって、それが誰から向けられたものなのかを、あたしは感覚で察していた。
福岡県博多市。あたしはあたしがやり残した忘れ物を迎えに行くために、ハワイから戻ってきた。
「すげ———!! やっべえねーちゃん!! 表にトランスフォーマーみたいなんとまっとる!!」
「はあ? 勘太何を騒いでんよお客さんの邪魔なるからそこどきな! あ、いらっしゃいま」
せ… と、うどん屋の入り口をくぐったあたしたちを見てその瞳孔が収縮する。
茶髪に小麦色の肌をした一つ括り、エプロン姿のナカジを見てあたしはにへ、と笑った。
「…………トド…」