ビッチは夜を蹴り飛ばす。
「ダメ元で届けたのに本当に届いてしかも私だってバレちゃうなんて。愛がなせる技だね」
へいおまち、博多明太子うどーん、ってテーブルに座ったあたしと硯くんにどんぶりに入ったうどんが出てきてすごーい! ってぱちぱちする。うどんにネギ、生姜、そんでたっぷりの明太子が乗っててキラキラしてて宝石みたい。
「ナカジの第一ストーカーですから。
てかまさかナカジの実家がうどん屋だったなんて」
「おじいおばあがねやってんの。で、引越しついでに母さんがあんたもお世話になるんだし手伝えばーって。どうよ働く女のエプロン姿は」
「様になってる! よっ! 次期女将候補!」
「女将やめい。ま、テニス出来んくなってしばらく茫然自失だったからさ。新しく打ち込めるものが出来て今はすっごい充実してる、結構奥が深いんだよ? 女の胸を撫で繰り回すように生地を捏ねるのさ」
「ナカジやらしー!」
トドのもこねてやろうか、っておっさんみたいに首に絡みついてくるからその感覚が懐かしくて、でも半袖の腕や足に走ったあの日の傷痕が生々しくてさりげなく目を逸らしたら、向かいに座って我関せずと言った感じでうどんを無心に啜っていた硯くんの口の端に目がいく。
「硯くん明太子ついてるよ」
ん、と軽くあたしを見て人差し指の節で口の端を拭って結果ぺろ、って舌で処理する仕草に、あたしにしがみついていたナカジの目がキラキラって光ったのがわかった。なんかもうきゅんきゅんしてる音が聞こえてきそうでわかりやすい。
「あ、あの」
「?」
「写真撮ってもいいですか!?」
「あ、うん」
撮ればいいんでしょとスマホを受け取る仕草をする硯くんにナカジが瞬間光の速さでシャッターを切った。バースト。バーストしてやがる。異常に響くシャッター音にきょとんとした硯くんがしばらくして、「え、おれ?」ってあたしを見る。うん。もう270枚くらい撮られてると思うよ硯くん。
こっち向いてーファンサしてーというキラキラした声援に結局何一つ答えることはなかったけど、ナカジは満足げにふーっと鼻の穴を広げてスマホをスワイプした。
「はーっ。ありがとうございます眼福眼福これ今日から枕もとに置いて寝よ」
「やだナカジそれはなんかやだ!」
「硯さんと一緒に寝よーっと!」
「ナカジ!?」
「でぇ——————い!」
あたしたちを割って飛び込んできたちびっこがおもちゃの剣を振りかぶりそれを箸でぴた、と硯くんが受け止める。涼しい顔で見る硯くんに、坊主頭のちびっこはやるな、と笑った。
「おまえ、見るからに悪そうな見た目してんな! どこの星のものだ!」
「たぶん日本」
「成敗してくれる!」