ビッチは夜を蹴り飛ばす。
 

「気が向いたらまた来てよ」

「来る、明日にも来る!」
「明日は気が早いなぁ」


 トドは私のこと大好きだな、って笑うから、うんって笑ったら私の方がすきー、ってほっぺたすりすりされた。それを涼しい顔で隣に立っていた硯くんにちゃっかり見られていて、ナカジもはっとして距離を取る。


「いーなーハワイ。顔面国宝なのに資産家なんですか。石油王ですか?」

「まぁそんなとこ」
「トドもいい男捕まえたねっさすがはビッチ、なんつって」

「ちょっと!」


 ひゅう、とやっぱりおっさんみたいな冷やかしを受けて停めていたフェラーリに乗り込もうとする硯くんの腰に勘太くんがしがみ付く。


「すずり! また遊びに来いよ! 再決戦すんぞ!」

「はいはい」
「硯さん」

 次々呼ばれて今度はなに、って感じを露骨に顔に出して硯くんが振り向いた。顔、顔、って指摘するあたしに、もう既に助手席に乗り込んだあたしを目の前にしたナカジが深く頭を下げる。


「トドのこと、よろしくお願いします」


 ナカジの言葉に、立っていた硯くんに振り向いた。

 硯くんもまたあたしに相変わらず無感情な目を向けたけど、ナカジを見てゆっくりと瞬いた。本当に大切なことを伝えるのに、言葉なんていらない。またね、って笑うナカジたちを見て、心からそう思った。













「まだフライトまで時間あるけど他に日本でやり残したことは?」

「ガソスタ行った方が良くない?」

「現実志向かお前は」


 隣から小突かれていて、と声に出す。さっきお嬢ちゃんかわいーねサービスしちゃおう! と言ってくれたおじさんのお店で買った福岡博多煎餅は美味しくて、でもぼろぼろ溢したら硯くんに溢すなよって言われるからやりにくい。パリパリなのだよ硯くん。食べるかい、って訊いたら無視された。


「そんなに食べこぼし気になるならわざわざフェラーリ日本に連れて来なくて良かったじゃん、昨日今日の話なんだしさ、レンタカー借りたら良かったのでは?」

「一回店長が見たいって言ってたの。そんでハワイに戻すための貨物船まで持ってってくれるのもあのひと」

「頭上がんないね〜」

「第二の父だからね」


 母なる大地だ、ってよくわかんないことを言ってもう夏の終わりの風を受け、車が海沿いを走っていく。きらきら光るその光を見てたら突然なんだか恋しくなって、日本で生まれて育ったのはたかだか16年かそこらなのに、もうしばらく帰ってこないんだなと思うとそれが妙に切なくなって。



「………硯くん、行きたいとこリクエストしていい?」


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