ビッチは夜を蹴り飛ばす。
 


「………海なんて戻ったら腐るほどまた見んのに」


「日本の海とはこれでおさらばなんだよーん」


 砂の城作ろう! って海辺で振り向いて言ったらポケットに両手を突っ込んでいた硯くんが無反応だから、早く、って腕を絡めて無理くり強制参加させた。

 夏の終わり、お盆を過ぎたからかほとんど人気のない海で、暮れていく太陽を背に夕焼け空の下丁寧に砂の城を作っていく。

 そこでこんな話をした。


「あたしたち、知ってるようで知らないことたっくさんあるよね。歳でしょー、血液型でしょー、好きな食べ物にー、家族構成」

「…鳴そういや歳いくつ?」

「16でーす」

「はは、ガキだな」


 何をぅ、と砂を吹っかけたら物の見事に(かわ)されてきーっ、と目を剥く。

「あたしだけ言ってずるい! 硯くんは!」

「いくつに見える?」


 頬杖をつかれて、その肌のきめ細やかさや今日も今日とてカラコンで青い目に、猫っ毛めかした黒髪。真っ向から見たらナカジが言ってた芸術品みたいな非の付け所のない顔に、今更恥ずかしくなって顔を逸らした。そんで素直にいくつ、って訊いたらまた今度な、ってほんのり笑ってはぐらかされたから、子どもで、あたしよりはずっと大人だ。


「血液型はAB、好きな食べものはね、納豆! キャベツ次郎!」

「モンスターエナジーじゃないんだ」
「違いまーす。次、硯くん!」
「… 血液型O型、好きな食べ物…揚げ出し豆腐」
「確かに美味しい! 家族構成は?」

「父親がひとり」


 へー、って新情報にわくわくしながらせっせと手を動かす。


「どんなひと? やさしかった?」

「優しいよ。で、その甘いマスクを利用して女子高生と援助交際して子ども作った変態」
「、」

「その子どもがおれ」


 だから身元不明、って砂の城を開通させてあたしの手と重なった。掴もうとして、でもすぐ逃げていく手があんまりあっさり離れてくからぱっぱ、と手の砂を払う硯くんをじっと見る。
 その目が川沿いで泣いてるように見えたあのときの目と同じものだったから、あたしは知らなかったわけじゃなかった。

 ここにある今日は、知ってることがたくさんあって、それを紐解いていく時間だった。


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