ビッチは夜を蹴り飛ばす。
「…硯くん、お父さんのこと、どう思ってるの」
「…嫌いになれないひと」
「…」
「子どもは親を選べない。
どんなに願っても、あのひとがおれの父親なのには変わりないから」
めいもそうでしょ、と柔らかく硯くんが小首を傾げる。ブーメランだな言葉は、って唇を震わせたら、もう全部に気づいてしまった。
「…あたしもだよ。生まれてから自分が生まれたこと、祝われたことなんてなかったんだけど、小学生の頃、一度だけ誕生日を祝ってくれたときがあって。
お母さんにとっては気まぐれだったんだと思うけど、どっかから帰ってきてね、スーパーで期限切れの安売りのホールケーキを買ってきて。
鳴、って喜んでお母さん、あたしのこと呼んだ。
お誕生日おめでとう、ってあたしのこと抱き締めてくれた」
それがばかみたいに嬉しかったの。
「ばかみたいだけどさ、嬉しかったんだよ」
お母さん、ってもう光でいっぱいになった視界で小さく呼んだら、頭を強く引き寄せられた。硯くんの胸におでこを置いて、とくん、とくん、って響く鼓動が心地良くて、それすらなんだか切なくて、涙が溢れて仕方がなかった。
誰にも必要とされない私たちは、お互いをおまもりにした。
ここにいていいって、いらなくなんかないって誰かに本当はずっと言って欲しくて、だから探し求めていたものに今ようやく辿り着いたんだ。
「………硯くん」
「なに」
「………鼻水つけちゃった」
「おい」
これは、そんな硯くんとあたしの終わらない物語と、知っておいてほしい幾つかのこと。