ビッチは夜を蹴り飛ばす。
 


「…硯くん、お父さんのこと、どう思ってるの」


「…嫌いになれないひと」

「…」

「子どもは親を選べない。
 どんなに願っても、あのひとがおれの父親なのには変わりないから」


 めいもそうでしょ、と柔らかく硯くんが小首を傾げる。ブーメランだな言葉は、って唇を震わせたら、もう全部に気づいてしまった。


「…あたしもだよ。生まれてから自分が生まれたこと、祝われたことなんてなかったんだけど、小学生の頃、一度だけ誕生日を祝ってくれたときがあって。

 お母さんにとっては気まぐれだったんだと思うけど、どっかから帰ってきてね、スーパーで期限切れの安売りのホールケーキを買ってきて。

 鳴、って喜んでお母さん、あたしのこと呼んだ。
 お誕生日おめでとう、ってあたしのこと抱き締めてくれた」


 それがばかみたいに嬉しかったの。



「ばかみたいだけどさ、嬉しかったんだよ」



 お母さん、ってもう光でいっぱいになった視界で小さく呼んだら、頭を強く引き寄せられた。硯くんの胸におでこを置いて、とくん、とくん、って響く鼓動が心地良くて、それすらなんだか切なくて、涙が溢れて仕方がなかった。

 
 誰にも必要とされない私たちは、お互いをおまもりにした。
 ここにいていいって、いらなくなんかないって誰かに本当はずっと言って欲しくて、だから探し求めていたものに今ようやく辿り着いたんだ。




「………硯くん」

「なに」
「………鼻水つけちゃった」

「おい」













 これは、そんな硯くんとあたしの終わらない物語と、知っておいてほしい幾つかのこと。




< 89 / 209 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop