ボーダーライン。Neo【下】
「……いや」
スッと慎ちゃんの手が差し出され、あたしの手前にハンカチを置いてくれた。
「アイツ……いや、彼とはちゃんと会ってるのか?」
あたしはハンカチで目の端を拭い、ううん、と小さく首を振る。
「え、じゃあ」
「……大丈夫。今週末、やっと会えるから」
自分でも驚くほど穏やかに笑っていたと思う。檜に会える十二日までは、あと数日だ。
「今週末って事は、盆か」
「うん。家に挨拶に来る予定」
「そっか」
そこでようやく慎ちゃんにも笑みが浮かんだ。
あたしの幸せを祝福してくれているみたいで、嬉しかった。
「……あ。直接言うのはやっぱりちょっと抵抗があるからさ」
「うん?」
「サチから彼に言っといてくれないか? 悪い事したって事と……。正直、慰謝料の金には救われたって」
「……ん、分かった。伝えておくね?」
そう言ってあたしは頷いた。
「今までありがとう」
「ううん。あたしこそだよ」
店先でひとことふたこと会話を交わし、じゃあ、と言ってあたし達は別れた。
慎ちゃんの背中が雑踏で見えなくなるまで、じっと見守り続けた。
もう二度と会う事は無いのだと思うと、チクリと胸が痛む。
慎ちゃんと出会ったあの頃。あたしは檜との恋愛をかなり引きずっていて、沈んだ気持ちで毎日を過ごしていた。
それを癒してくれたのが慎ちゃんだ。慎ちゃんは優しくて、あたしよりうんと大人だった。
ーーさようなら。
青空に冴え返る灼熱の太陽を見上げ、あたしは前を向いて歩き出した。
***