ボーダーライン。Neo【下】

 ◇ ♂

 幸子と約束をした八月十二日。

 六月にまとめて取ったオフ以来の休日だった。

 数年ぶりに訪れる幸子の実家付近を、記憶を頼りに歩いていた。

 車は駅周辺のコインパーキングに停めてあり、服装はあの頃と違って夏用のスーツだ。

 空から降り注ぐ太陽光と、ジリジリと空気を歪ませる地熱で、上着は着ずに肩から引っ提げている。

 以前は農道や田畑ばかりだった道が、今では綺麗に舗装されていて、時間の経過を感じさせた。

 ーーあ。

 通りを過ぎる通行人と、ふとサングラス越しに目が合う。

 すれ違った人は少しだけ驚き、首を傾げて去って行く。

 ほぼ変装と言えるものを身につけていない状態なので、顔にティアドロップのサングラスを掛け、マスクをしただけだ。

 芸能人だとバレる前に先を急いだ方が良さそうだな。

 それから数分歩き進めると記憶通りの家屋が見えた。

「……あった」

 無事に辿り着けた事に安堵がもれる。

 僕は門扉の前へと足を進め、一度右手首の時計に目を落とした。

 約束の十二時を幾らか過ぎた時間だったので、すぐさまインターホンを鳴らした。

 ピンポーン.と軽快な音が聞こえ、僅かな緊張を飲み込む。

 家屋から人の声が聞こえ、やがてガラガラと引き戸が開いた。

 家から顔を出したのは彼女だ。

「幸子っ!」

 自然と顔が綻び、手を振っていた。

「そ、外、暑かったでしょ? ごめんね、迎えに行けなくて」

 そう言って幸子は門扉を開けてくれた。
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