僕らはその名をまだ知らない
“志摩結弦は幼なじみの日吉礼のことが好きらしい”
きっかけは、そんなありふれた噂話。
誰が誰を好きだの付き合っただの、恋に恋するお年頃の噂話をまさか信じたわけではなくて、志摩ならきっと笑い飛ばしてくれると信じていたんだ。
ほんの少しの動揺と戸惑いが、私の瞳を揺らす。
あぁ、どうしてこんなことを聞いてしまったんだろう。
「困ってる」
志摩は目を細め、口元に微笑を浮かべた。
志摩の綺麗な手はシャーペンを握ったままだ。
ぐらぐら、志摩の手が動く度に同じように動く。
「…だって、志摩は幼なじみだと思ってた」
志摩はずっと近くにいて、でも男とか女とか、そういうものは何も無くて、志摩だから傍にいられた。
それが心地よかった。
でも、
───好きだよ
志摩は私のことを好きだと言う。