すれちがいの婚約者 ~政略結婚、相手と知らずに恋をしました~
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「ええっと、確かこの辺りに」

見つけた歴史書は本棚の上の方。

最近読んでいるのは国の成り立ちの英雄譚。

はじめに読んだ歴史書に伝記として描かれていた人物と性格・行動が違う気がして、別の視点からの書物も読んでみたいと思ったからだ。

見上げた書物は片手で持てるか分からないほど分厚い。

背伸びをして手がようやく届きそうな場所。

一旦手を延ばして背表紙に触れたが、絶対落としそうだと判断して、踏み台を取りに行こうかとあきらめかけた所に、

「これか?」

と後ろから自分より大きな手が伸びてきて本を引き出す。

見上げた相手はいつも見かける無表情の彼。

翠色の瞳がすぐ近くにあった。

「あ、ありがとうございます」

受け取った本の目次を開いて、中を確認する。

「はい、これであってます。ありがとうございます」

「……どういたしまして」

しっかり目線を合わせて言ったお礼に短く言葉を返されると、もう定位置になっている椅子へと座った。

通りすがりのついでだったらしい。

『初めて話したかも…』

何度か通う中で、ほぼ毎回顔を合わせることになっていた。

最初と同様、無言の気まずささえ感じられない存在と距離感。

人との接触を避けようと思えばいくらでも方法はある。それでも全く人の気配を感じられないというのも不安になるものだ。

椅子に座って取り出してもらった本を開く。

自然に笑みが浮かんでいた。
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