心の鍵はここにある
 藤岡主任が適当に頼んでくれていた食べ物は、どれも美味しくて、量もちょうど良くて食べ過ぎることもなく、いい感じでお腹を満たしてくれる。

 女将さんが烏龍茶を持って来た時に、『その人』は現れた。
 あの日から十二年も経った今、なぜ……

「悪い、遅くなった」

 女将さんの背後から現れた彼は、私の記憶の中の、その人だった。

「おお、お疲れ。先にやってるぞ。まあ座れよ」

 藤岡主任は、自分の隣の席を示し、彼を誘導した。
 がしかし……

「男の隣なんて嫌に決まってるだろーが。藤岡の彼女、こいつの横、行ってくれる?」

 彼は、春奈ちゃんを藤岡主任の横に追いやると、私の隣に座り込んだ。

「お前なあ、初対面の人の隣に強引に座るなよ」

 藤岡主任が彼を咎めるも、当の本人はしれっとしている。

「いや、初対面じゃないよ。五十嵐里美さん、俺のこと、覚えてる?」

 私の顔を覗き込む。
 ……ああ、やはりそうだ。
 力強い彼の瞳に吸い込まれそうだ。またこの人のペースに巻き込まれてしまう。

「……越智(おち)直哉(なおや)先輩、ご無沙汰してます」

 震えそうな声を堪えて私は答えた。
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