心の鍵はここにある

 直哉さんも、社会人になってから朝は余り食べないらしく、コーヒーとフルーツを少し食べる程度だったので、朝食はすぐに終わった。
 部屋に戻り荷物を纏め、少し休憩して9時少し前にチェックアウトすると、タクシー乗り場のあるJR松山駅前まで歩いて行く。

 市電やバスもあるけれど、この暑さに荷物もあるし、病院まではタクシーを使って、帰りはバスを利用するつもりだった。
 駅前のロータリーにはタクシーが常駐しているのでそのうちの一台に乗り込むと、行き先を告げて病院へと向かった。

「で、おじいさんは何で入院してるんだ?」

 私がお見舞い兼お土産の、羽田で買った焼き菓子詰め合わせを荷物から取り出している時に質問された。

「母のメールでは、雨どいの掃除をしてる時に梯子から落ちて足を骨折したみたい。
 で、ずっとベッドの上だから体力も落ちるし気落ちしちゃったとか……。
 それで見合い話になるって無茶苦茶でしょう? 意味わかんない」

 本当に意味がわからない。気弱になったおじいちゃんなんて、想像すらつかないのに。

「でも、変な相手ではないのは確かだろうな。おじいさんの知り合いなんだろう……。
 俺、認めて貰わなきゃ困るなぁ」

 珍しく弱気な発言をする直哉さんに、私はそっと手を添えた。
 視線が合うと、微笑んでこう言った。

「おじいちゃんが選んだ相手が誰だろうと、私は、直哉さんじゃないと嫌だから。
 今日はしっかりと断った上で、きちんと紹介して認めて貰うから。
 だから、直哉さんはいつもの直哉さんでいて」

 私の言葉に瞠目した直哉さんは少し固まっていたけれど、そうだなと呟いて私の手を握った。
 そうこうしているうちにタクシーは渋滞もなく進み、無事に病院に到達した。
 病院内は広くて迷子になりそうだったけれど、看護師さんを捕まえて病室の場所を聞いて、何とか辿り着いた。
 二人とも、ドアの前で深呼吸して、いざ覚悟を決めてノックをすると中から返事があり、私達は意を決して中に入った。
 ドアをスライドさせて中に入ると、右足を固定されて吊るされている祖父がベッドの上で横になっていた。
 側には祖母ではなく、知らない男性がいた。

「おお、里美。待ちくたびれたぞ。早くこっちに来て。……そちらが、彼氏かい?」

< 100 / 121 >

この作品をシェア

pagetop