心の鍵はここにある

「あのね、まだ付き合って間もないから」

「許可さえ頂ければ、今日にでも籍だけ先に入れますが」

 私の言葉に被せる様に、直哉さんが発言する。
 ……は? 今、何て?

「ワシは構わん。早く曽孫(ひまご)が見たいから、何なら保証人欄書いてもいいぞ」

 直哉さんも、祖父の言葉に驚きを隠せない様だ。

「入籍する時、本籍地以外の場所で出すなら書類もその役場と本籍地とで必要になるんだろう?
 もう、こっちで籍だけ入れて帰りなさい」

 いやいや、印鑑持って帰ってないし。てか、何故祖父がここまで私の結婚を急ぐのか…。

「出来れば五十嵐の戸籍に入ってくれたら、ワシも安心してあの世に行ける」

 祖父の一言で、直哉さんは笑顔になる。

「僕は構いませんが、婿養子として両親には話をしておりませんので、少しお時間頂けますか?」

 そう言って直哉さんは病室を後にした。まさか、ご両親に電話で了承を得るつもり?

「あの子は本当に里美にべた惚れなんだな……。婿養子なんて普通嫌がるのに、あの笑顔。……いい子を見つけたな」

 祖父は病室の入口を見つめながら、ポツリと呟いた。
 婿養子は冗談だと笑いながら言う祖父を、呆れた表情で見つめる私。
 少しして直哉さんが病室に戻り、ご両親に了承を得たと、私達に報告した。
 私は先程の祖父の発言は冗談だと伝えるも、本人は既にその気になったらしく、「五十嵐直哉って響き、いいだろう?」と言い出す始末。
 それを聞いた祖父が破顔したのは言うまでもなく……。
 私も、メールで祖父も納得してくれて、直哉さんが五十嵐姓を名乗る気でいる事を伝えた。(祖父が今日にでも入籍を勧めている事は流石に伝えなかった)

 結婚話がトントン拍子に進んで、もう本人同士の会話だけではなく、両家の両親も交えて一気に決めようと言う事になり……。
 お互いの両親、私達の都合を調整して、近く再度こちらへ帰省する事となったものの、私一人、相変わらずみんなのテンポについて行けずにキャパオーバーしている。

 確かに好きな人と一緒になれる喜びはある。でも、展開が余りに早過ぎて、ついて行けない。
 ……もう、既にマリッジブルー状態だ。
 しばらく病室で祖父の話に付き合い、病室を出たのは十一時少し前。
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