心の鍵はここにある
本当なら、食後の入浴で癒されて、眠れるのなら眠りたい所だけれど、そうも行かない。
身支度を整えてロビーに出ると、直哉さんはスマホにイヤフォンを付けて動画でも見ているのだろうか。
私が出て来たのに気付いていない様子だ。
そんな横顔を見ていたかったけど、待たせてしまった罪悪感から、そっと近付き声をかけた。
「待たせてしまってごめんなさい」
私の声に気付いて直哉さんはイヤフォンを外した。
「いや、大丈夫。露天風呂どうだった?」
スマホの画面を閉じてイヤフォンと一緒にバッグの中に片付けながら、ペットボトルのお茶を差し出してくれる。
気遣いに感謝してそれをありがたく受け取ると、エレベーターへ向かう。
「もう見晴らしが良くて、また来たいって思っちゃった。
金曜日から日曜日の夜限定で、あの露天風呂はバラ風呂になるんだって。贅沢な気分になるだろうね」
珍しく私がはしゃいだ声をあげているのを見逃さない直哉さん。
「次にお互いの両親との顔合わせで帰省する時は、ここに泊まろう」
「え? いいの?」
「気に入ったんだろ? 里美が喜んでくれるなら、問題ない」
何とも甘やかされているものだ。私が頷くと、直哉さんも嬉しそうな顔になる。
エレベーターを降りてフロントにタクシーを一台手配して貰う間に、先程貰ったお茶を飲む。
温泉でかいた汗の分、きちんと水分を補給する。多分このまま空港へ向かうのだろう。
向こうに帰ったら、私は、直哉さんに抱かれる……。
そう考えると、急に胸が熱くなり、またまた汗が吹き出して来た。
「やっぱり温泉は冬の方がいいか?」
汗を拭う私を優しく包み込む直哉さんの言葉に、私は首を横に振る。
「一緒だったら、いつでもいい……」
恥ずかしくて、俯きながら小声での返事になってしまったけれど、直哉さんは聞き逃さない。
「うん、わかった。次はここ、予約しような」
そうこうしていると、手配して貰ったタクシーが到着したので、後部座席に乗り込み、一路松山空港へ向かった。