心の鍵はここにある
え。付き合うの……?
まさかこんな所で再会するとは……。
私達の会話で、初対面ではないと分かった春奈ちゃん、私達の知り合った経緯を知りたがった。
「高校の時の後輩だよ」
座敷に入る前に飲み物を頼んでいたらしく、ここへ女将さんに通される時にビールも一緒に持って来ていた。
私の烏龍茶のグラスにカチンと縁を当て、勝手に一人で乾杯すると、ビールを一気に飲み干した。私は、そんな越智先輩を見ているだけだ。あの頃の様に……。
「まさか五十嵐が藤岡の後輩とはねー、聞いて驚いたよ」
藤岡主任の隣の席に置いてあった手付かずの料理を、春奈ちゃんが席を移動した際に、越智先輩の前に移動させていたので、先輩はそれに箸をつける。
「てか、俺はお前らがまさか本当に知り合いとは思わなかったよ。
同郷かとは思ってたけど、さっき五十嵐さんに聞いたらお父さんが転勤族って言うから、接点なんてないと思ってたし」
藤岡主任はある程度食べ終えたので、ひたすら飲みに走る。
まだ木曜日なのに、明日大丈夫なのか、他人事ながら気になってしまう。
越智先輩も、負けじとアルコールがすすむ。
「先輩、明日も仕事ですか?」
グラスはみるみるうちに空になり、春奈ちゃんがお代わりを注文する。
「ああ。そう言う五十嵐もだろ?
てかさ、もう卒業して十年以上経つし、今更先輩って呼ばれても何だし、呼び方変えろよ」
空きっ腹で結構な量のアルコールを摂取していると思うけど、先輩の顔色は全然変わらない。
口調も変わらない。かなりお酒に強いのだろうか。
「でも、先輩は先輩だし……」
テーブルの下で、藤岡主任や春奈ちゃんから見えない場所で、先輩は私の右手をそっと握った。
驚いて先輩の顔を見ると、ニヤリと笑いながら二人の前でとんでもない言葉を発した。
「今日からまた里美は俺の彼女だから」
「「はぁーーー?」」
私と春奈ちゃんが、同時に声を上げる。藤岡主任は、一人ニヤニヤしている。
「越智、やっぱりそうか?」
タバコを吸いながら、藤岡主任が先輩に問いかける。
何がやっぱりそうなのかわからないけど、二人に通じるものがあるのは確かだ。
「ああ、まさかとは思ったけど。藤岡、ありがとう」
先輩の手は、私の右手を離さない。
先輩は畳に左手をついている様に見せかけて、しっかりと私の右手を握っている。
今日は兎角、当事者の私を除け者にして、勝手に話が進んで行くのは何故だろう。
「と言う訳だ。だから里美も俺の事は名前で呼ぶ様に」
さもこれは決定事項だと言わんばかりに、ドヤ顔で私に告げる。
「と言う訳も何も、何で急に私が先輩の彼女なんですか?
わざわざ私みたいな見た目が残念な地味子を連れて歩かなくても、先輩ならいくらだって綺麗な人が……」
「俺は、里美が、いいの」
そこまで強調されると、何も言えなくなる。
……と言うか、何? この人は私の事が好きなの? それとも単に、昔の知り合いだから?
もう意味がわからない。
私はお腹も満たされて、お酒ももう飲めないからただこの場に座っているだけ。
この場にいる意味があるのかもわからなくなって来た。隣に座る自称彼氏の先輩は、相変わらず私の右手を離してくれない。