心の鍵はここにある
先輩はそう言うと、私の手からスマホを奪い取り、勝手にアドレス帳に登録して行く。

「登録完了。お前、これ消すなよ?」

 ……うわあ、しっかり考えがバレてる。もしかして表情(かお)に出てるのか?
 私の手にスマホを戻し、先輩は自分のスマホを胸ポケットへとしまった。
 私はまだ認めていないけれど、何故か先輩は乗り気で彼氏になってくれたのなら、あの話、お願いしてみようか……。
 今この場で話せる内容ではないので、解散した後のタイミングで。
 と思っていたら、先輩が私に話しかけてきた。

「実家は何だって?」

 藤岡主任は春奈ちゃんと何やら話を始めてしまい、完全に私は先輩に捕まってしまった。

「あー……、ちょっと用事があるらしくって。
 まだ決まってないですが、近々一度、休みの時に実家に行かなきゃならないみたいです」

 私の言葉に、先輩がピクリと反応した。
 ……何だろう。私、何か変な事、言っただろうか。

「……今、ご両親はどちらに?」

 先輩は、追加で注文したビールに口をつけながら会話を続ける。
 私も、烏龍茶を飲みながら、話を合わせる。

「高松ですが……。
 でも今、祖父が松山の病院に入院しているので、多分帰省は松山の祖父母の家に行くようになるかと……」

 そこまで言うと、先輩は何か考え込んだ。

「……あの、先輩?」

 グラスをテーブルの上に置き、先輩の様子を窺うと……。

「だから、先輩は止めろって。直哉って呼んでみろよ?」

 またもや俺様発言が飛び出す。何故この人は、私に名前を呼ばせたいのだろう。
 そもそも、酒の場での発言は、信用が出来ないのに、どうしたものか。

「……直哉、さん?」

 やっぱり年上の人に呼び捨てで呼ぶのは、私にはハードルが高すぎる。さん付けが、精一杯だ。
 反応を窺う様に、座っていても目線は高いので、先輩を見上げた。
 無意識のうちに上目遣いになっているのに私は気付かない。
 でも、私の声に反応した先輩は……。
 まさかさん付けで呼ばれると思っていなかったのか、目を真ん丸に見開き、固まった。
 そして……、みるみるうちに、顔が赤く染まっていった。そんな様子にいち早く気付いたのが、藤岡主任だ。

「五十嵐さん、こいつに何言ったの?」

 何言ったと言われても……。名前にさん付けで呼んだだけですが。
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