心の鍵はここにある
見ざる聞かざる言わざる
……この人達は、会社で一体何をやっているのだろう。
会議の準備を頼まれた私、五十嵐里美は、資料として使うプリントアウトしたコピー用紙を両手に抱えて、第二会議室へとやって来たのだが……。
確かに、ノックをせずに入室した私も悪いかも知れない。
けどね。ここは、ラブホテルではありません。
ドアを開けた瞬間、目に飛び込んで来たのは……。
同じ総務部の先輩で上司でもある藤岡拓馬と、その彼女、経理部の後輩、佐々木春奈のラブシーン。
会議室の壁際で、藤岡主任、壁ドンしながら春奈ちゃんのスカートをたくし上げ、濃厚なキスの最中でした。
ドアを開け、二人と視線が合った瞬間、お互いフリーズ状態。
すぐに我に返ったのは春奈ちゃん。あられもない格好を私に見られて、顔が真っ赤。
藤岡主任の手を払いのけ、身支度を整えている間、藤岡主任は、私の腕を引っ張り、逆の手で会議室のドアを閉め、密室状態に。
……何とも言えない空気が漂う。
「……五十嵐さん、ノックくらいはしようか?」
藤岡主任は、完璧に作られた笑顔を私に向けた。
その間に、春奈ちゃんは着衣の乱れを正し、何事もなかったかの様な平静を装うものの、先程の目撃シーンがやはりショックだったのか、顔の赤みが引かず、涙目だ。
「里美さん、あのっ……」
「春奈、大丈夫だよ。ねっ、五十嵐さん?
今日は定時上がり? ゆっくりと話がしたいなぁ、三人で」
藤岡主任は春奈ちゃんをフォローしつつ、私に口止めの為の話し合いをしようと詰め寄る。
完璧な営業スマイルなのはわかるけど……。目が、こわい。
春奈ちゃんは、すぐに気持ちが切り替えられず、まだ赤面して涙目のまま。
「……誰にも話す気はありませんが、会社と言う公共の場での行為については不快ですので、今後はご遠慮下さい。
会議の準備をしたいので、すみませんがご退席願えませんか?」
あくまで仕事の為にここに来たのだ。
好き好んでラブラブな所を邪魔しに来た訳ではない。
「返事を聞いてない」
主任は相変わらずの貼り付けた様な営業スマイルでしつこく食い下がる。
やっぱり目がこわいです。
「ですから誰にも言う気はありませんので、お話する事はありません」
関わりを持ちたくない私は、そう言って主任の手を振り払い、資料を空いた机の上に置くと座席の設置に取り掛かった。
「あっ、私も手伝います」
私に気を遣い、春奈ちゃんが側に駆け寄って来たけれど、私はそれを断った。
「ありがとう。でも、これは私の仕事だから。春奈ちゃん、経理に戻らなくて大丈夫なの?」
会議室の時計は十五時を過ぎていた。
月半ばでそれ程忙しくないのだろうか。
いつもなら、各部署から色んな経費の伝票が回って来てデスクから離れられない筈だ。
まあ、こうやって最近付き合い始めた彼氏と逢い引きしている位だから、余裕があるのだろう。
「はい、今日は滝野さんが居るので人手は十分です」