心の鍵はここにある

 やばい、もう無理だ。そう思うと急に胸がドキドキして熱くなっていく。
 これは、もしや、キスされる……?
 いやいや、カレカノとは言え、これはお芝居。
 何だか急に怖くなり、私はとりあえず無駄な抵抗かもだけど、精一杯睨んでみる。
 でも、先輩の顔が徐々に近づいて来る。
 うわぁ、もうダメだ、やられてしまう……。咄嗟に目をギュッと閉じて顔を背けた……。
 途端に先輩は、声を殺して笑い出した。
 私は、呆然としてその様子を見ていたけれど、次第に怒りがこみ上げて来た。

「ーーいい加減にして下さい!
 私はあなたのおもちゃじゃありません!」

 私は力任せに先輩を突き飛ばして、舞台袖から飛び出して体育館裏へ逃げた。
 先輩なんてもう知らないっ。
 何で私がこんなリスクを背負ってまでマネージャーやらなきゃいけないの!
 しかも、からかうなんて酷すぎる。
 まだ何もやってないけど、マネージャーなんて辞めてしまいたい。

 体育館裏に誰も居ない事を確かめると、私はその場にしゃがみ込み、声を殺して泣いた。
 あんな人の事なんて好きじゃない。
 もし、あの人のせいで嫌がらせを受ける事になるなら、即刻マネージャーなんて辞めてやる。
 何を言われてももう知らない。何度涙を拭っても止まらなかった。

 これは先輩にからかわれて悔しいから?
 それとも、彼氏の芝居に騙されて惚れるなと言われた言葉に対して?
 どちらにしても、私は偽物の彼女なのだ。『勘違いするなよ』の言葉が、胸に重く響く。

 気持ちが少し落ち着いた所に、遠慮がちな足音が聞こえた。
 多分、私を泣かせた張本人だろう。
 私は無視して涙を拭った。

 足音は私の目の前で止まり、大きな影が出来たかと思うと、脚を開いて私を囲む様に正面に座った。

「……ごめん、からかうにも度が過ぎた」

 先輩の大きな手がわたしの頭に触れたけど、私は無視を貫いた。

「こっちの都合で無理矢理マネージャーお願いしたのに、嫌になって辞めたりしないでくれ。
 ……里美の事、大事にするから」

 先輩の言葉は、まるで本当の彼女に向けて発しているみたいだった。
 下手したら俳優になれるレベルの感情移入だ。
 ……これで勘違いしない方が、おかしい。
 でも、気持ちは伝えたら傍に居られないのは分かっている。

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