心の鍵はここにある
小雨が霧雨に変わった様だ。今のうちに帰りたい。先輩から、離れたい。
会釈して、握られた手を引き抜こうとすると、逆に力を入れられてしまった。
「送る。時間も遅いし夜道を一人にさせたくない。何もしないから、送らせてくれ」
先輩が、私に頭を下げた。
やめて、そんな姿を見たいんじゃない。
「……わかりました。……とりあえず、手を離して貰えますか」
私は再度握られた右手を引き抜こうとするも、先輩のギュッと握った左手が動かない。
「嫌だ。家に着くまでは離さない」
どうやら意地でも離さないらしい。
私は気付かれない様に小さな溜息をつくと、こっちですと小さな声で呟き、歩き出した。
先輩も私の隣を歩く。握られた手はそのままに。一体どういうつもりだろう。
先輩の言動は私のキャパを完全に超えている。今日はもう何も考えずに眠ってしまおう。
私は自分の住むマンションへ向かった。
女性の一人暮らしだから、防犯面で少しでも安心出来る、人通りの多い、街路灯がある、駅から近い場所を探して選んだ。
駅前通りから一本裏に入るこの場所は、交通量の多い駅前と比べて静かだ。
駅に近い好立地だからかコンビニも近く、大型スーパーやドラッグストアもある。
家賃もそれなりだけど、安心を買うと思えば安いものだろう。
両親も、こちらに出て来る時に駅からも近くて分かりやすいので気に入っている。
一Kと間取りは狭いけれど、バストイレは別だし一人暮らしで荷物も増やさない様にして来たので、比較的スッキリしている筈。
駅から徒歩五分もかかるかかからないかのこのマンション、エントランスで別れる筈だったが、先輩は部屋の前までついてきた。
「部屋に入るまで心配だから」
と、訳わからない。仕方なく、エレベーターで5階のボタンを押し、一緒に上がった。
五〇二号室の前で、部屋の鍵を取り出したいからとようやく手を離されると、バックの中から鍵を取り出した。
鍵を開けてドアを開けると、先輩はようやく安心したのか……。
「無理矢理くっついて来てごめんな。ゆっくり休めよ、おやすみ」
頭の上に手をポンと乗せ、エレベーターへと引き返した。
そんな先輩の背中を見送ると、先輩は私に早く中に入れと声をかけて、エレベータの中へ消えて行った。
エレベーターの扉が閉まり、エレベーターは下降していくランプを見つめていた。
先輩の言動はさっぱりわからない。あの人は一体何をしたいのだろうか。
私は部屋に入ってドアに鍵をかけた。
電気をつけると、今朝のままの状態の部屋に安堵した。
窓辺のカーテンを閉めると荷物を机の横に置き、今着用している服を脱ぐと、ハンガーにかけて脱衣場へ向かう。
脱衣場で伊達メガネとコンタクトレンズを外すと、途端に視界が悪くなる。
下着とストッキング、シャツを洗濯機に入れると、バスルームに入ってシャワーを浴びる。