心の鍵はここにある
変化
マンションのエントランスで、先輩に待ち伏せをされて正直驚いた。
一体、いつからここに……?
高校時代は部活帰りに一緒に帰っていたけれど、一緒に登校する事はなかったから。
昨日同様に先輩に右手を取られ、駅までの道を並んで歩く。
特に会話なんてない。聞きたい事は、沢山ある。
でも、それを口に出してしまうとまた自分が傷付くのが怖くて、想いを飲み込む。
私はいつまでこうやって、言いたい事を我慢するのだろう。
またあの頃みたいに『里美だけは無理』だと思われる位なら、私は自分の意思を殺して先輩の言う通りになる人形になればいいのだろうか。
握られた右手から、先輩の体温が伝わる。
この手から、体温だけでなく私の気持ちが伝わればいいのに……。
先輩の左手を見つめながら、コンプレックスの塊と化している自分が今、好きな人に手を繋がれている現実をなかなか受け入れられず、思考が停止していた。
先輩は、当時も私が先輩の事を好きだっただなんて思ってもいないだろう。
無理矢理ニセカノに仕立て上げた後輩に、まさか想いを寄せられていたなんて知ったら、そして未だその想いを引きずっているなんて知ったら、絶対に引かれてしまう。
だから今回だって、きっと先輩の気まぐれでなったニセカノに違いない。
勘違いしちゃダメだ。
先輩の左手を見つめながら自分に言い聞かせる。
「この辺は駅から近いから便利だな」
駅に着いた時に改札を通る為に一度手を離され、無事通過すると、再び私の右手は先輩の左手に捕らえられた。
先輩の口からそんな言葉が出て来たのは、電車待ちをしているホームだった。
一緒に並ぶと、やはり頭一つ分の身長差だ。
そんな先輩の声で先輩を見上げる私は頷いて返事をした。
「そうですね。私もこっちに出て来て初めての一人暮らしだったから、利便性と安全性を重視しました」
視線が合うとやはり恥ずかしくて、慌てて俯く。
「あそこの間取りは一DK?」
「いえ、一Kです」
「まあ、一人暮らしなら一Kで十分だよな」
先輩はそう言って、私を見つめている。
私は俯いているけれど、ちょうどホームに電車が入って来た時に顔を上げたら、ガラスに映る先輩が、私を見つめていた。
その視線は、見間違いかと思う程にかなりの熱を帯びていた。
何故そんな目で私を見るの…?
「さ、乗るぞ」