心の鍵はここにある

　先輩は、握っていた手を離すと私の背中に手を回し、さり気なくエスコートして同じ車両に乗り込んだ。
　周りの人混みからも自然に庇う様に立ってくれ、昨日の言葉を思い出す。
　『彼女』と言う響きに慣れていない私は、どうしていいのか分からない。
　先輩に庇われながらも出来るだけ身体をドア付近に近付けて少しでも迷惑をかけないようにと思っていても、混雑した電車内では全く意味がない。
　それでもやはり先輩が壁になってくれているお陰で、私の周りはいつもよりほんの少し余裕がある。

「大丈夫か？」

　先輩の気遣いに、頷いて返事をする。

「……ありがとうございます」

　この人、前もこんなに優しかっただろうか。
　少なくとも十二年前は、ベッタベタに甘やかすと言われた記憶があるが、甘やかされた事はおろか、ここまで態度に出してくれてはいなかった。
　やはり高校を卒業してから色々な経験から、女性に対する気遣いが自然と出来るのだろうか。
　と言うか、女性の扱いが物凄く慣れていそうだ。
　見た目ハイスペックな先輩が、何を好き好んで、こんな見た目が地味子な私を相手にするのかが今一つ理解出来ない。

　別に私じゃなくても、先輩の彼女になりたい女性は沢山いるだろう。
　私は身体をドアの方へ向け、先輩に背を向けた。
　何も考えられずに流れて行く景色を眺めていると、いつの間にか会社近くの駅に到着していた。
　電車から降りて、改札へ向かう人の流れに身を任せて一緒に改札へ向かうと、先輩に声をかける女性の声が聞こえて来た。
　……こんな釣り合いの取れない私が側にいちゃダメだ。
　私はそっと、側から離れてそのまま会社へ向かおうとしたその背中に……。

「里美！　後で連絡する！」

　先輩に声をかけた女性は目を見開いて驚いていた。
　そして、不躾な視線を投げかけてくる。まるで値踏みされているような……。
　先輩はまだ一緒に居たかったと思わせるようは熱を帯びた視線で、対する側にいる女性は、邪魔者は早く消えろと言わんばかりの鋭い視線。
　先輩のゴタゴタに巻き込まれる前に消えてしまおう。
　会釈をすると踵を返して、駅から出て行く人混みに紛れる様に歩を進めた。
　改札を抜けて駅から一歩外へ出ると、陽射しが眩しくて、一瞬視界が真っ白になった。
　睡眠時間が最近短かったせいもあるだろう。
　昨日だって結局寝付きが悪く、ようやく寝入ったのは二時近くだった。

　そういえば最近、朝の通勤以外の時間に太陽の光を浴びる事、なかったよな……。
　運動だって、まともにやってないし。
　このままだと不健康生活まっしぐらだ。
　幸い明日は土曜日、郊外に森林浴にでも行こうかな。それとも、海を見に行こうかな。
　そんな事を考えながら歩いていると、会社へ到着した。