心の鍵はここにある
「はい、拓馬くんに晩ご飯作る約束してて。今から食材の買い出しに行くんです」
「え? お家デート? そんな可愛い格好してるからお出掛けするのかと思ったよ」
私は春奈ちゃんをまじまじと見つめた。
春奈ちゃんは少し赤くなりながらも格好を褒められて嬉しそうだ。
やっぱり女の子だなぁ。私はこんな格好似合わないから無理だな。
一人そう思いながら更衣室へ向かうと、何と春奈ちゃんも付いて来る。
「買い出し行かなくていいの?」
「里美さんとお話する時間くらいありますよ。途中まで一緒に帰りましょう」
春奈ちゃんはそう言って更衣室のドアを開けてくれた。
更衣室の中にはまだ数名残っていて、着替えながら雑談している。
邪魔にならないようにそっと入り、ロッカーの鍵をポケットから取り出して扉を開ける。
手早く着替えを済ませ、事務服のブラウスを畳み、洗濯の為に持ち帰ろうとバッグに仕舞おうと、バッグを取り出すと、スマホが目に入った。
スマホの電源を入れるとメッセージ通知に、昨日登録を入れたばかりの越智先輩の名前。
13:14『今、大丈夫?』
13:32『また後で連絡する』
17:18『今日、少し残業するので終わったら連絡する』
画面を見て固まる私を見て、私の手元のスマホを覗き込む。
「ごめんなさい、覗いちゃいましたが。……これ、越智さんですか?
……何かマメな方なんですね、意外ですが」
春奈ちゃんの言葉に、私も頷いた。
と言うか、私も転校してから一切先輩の名前も話も耳にしなかったし、口にもしなかったから、十二年前との比較しか出来ないけれど……。
確かにこんな風にマメな人ではなかった筈だ。あの頃は約束なんて、基本しなかったから。
あの頃は私が携帯を持っていなかったから。もし、携帯を持っていたら……?
……いや。あり得ないだろう。
だって、部活を引退した時だって、帰宅が一緒に出来なくなるって知らされたのは彩奈先輩経由だった。
一緒に下校出来る時だって、次の約束なんて何もなかった。
ましてや休日に会おうなんて言われた事すらない。
「……もし今日言ってた人が見たら、私が新しい彼女だって誤解出来るから、かな」
俯いて、スマホのメッセージ通知を見つめながら呟いた。