心の鍵はここにある
自分の立ち位置を誤解しちゃダメだ。あくまで私は先輩の偽者の彼女なんだ。そう、十二年前だって……。
「そんな……! 里美さん、そんなの辛すぎる!
越智さんに都合よく振り回されていいんですか? 里美さん、嫌ならはっきり言いましょうよ」
春奈ちゃんの剣幕に押されて私は何も言えなかった。
言えるなら言いたい。
だって、十二年前から、私は何も言えていないから。好きとも言えず、宙ぶらりんなまま。
偽物の彼女だからきちんと好きとも言われてないし、何もかもが中途半端なまま。
「言ったところで、言いくるめられてなあなあにされるよ、きっと」
私は自嘲的な笑みを浮かべて、スマホの画面を消すとバッグに仕舞い、ロッカーの扉を閉めた。
忘れ物がないかを点検し、春奈ちゃんと更衣室を出ると、藤岡主任が廊下にいた。
「お、お疲れ様。春奈、ごめん! 今日、急遽飲みの予定が入ってしまったんだ。
帰宅時間が分からないからご飯は明日作ってくれるか?」
廊下には私達しかいないし、私も二人の付き合いを知っているせいか、藤岡主任は隠そうとしない。
二人とも自然体なままで、仲の良さが伺える。
「そうなの? 飲みすぎないでね? ……あ、里美さん、この後予定ありますか?
もしよければこの後付き合って貰っていいですか?」
「ああ、気をつける。五十嵐さん、良かったら春奈に付き合ってやって。
今日の飲み会、越智も来るんだけど……。アイツに何か伝えとこうか?」
「えっと……。
特に予定はありませんからそれは構いませんが……。
先輩にって……。そちらも特に何もありませんので」
私の返事に藤岡主任は頷くと、春奈ちゃんの頭をポンと撫でて、頼むなと言って足早に廊下を去った。
その後ろ姿を見送る私達。
「……なら里美さん、うちでお家ごはんしましょう!
何ならうちにお泊りします?実家だから家族もいますけど」
突然の提案に、戸惑う私。
お家ごはんやお泊りなんて、さつき以外の人とした事なんてないし、それに突然実家になんて……。
「拓馬くんの事は気にしないでくださいね。
飲み会がある日は連絡とかはないので邪魔される事はないですから」
「でも……。急にご家族の方に迷惑だよね?お泊りも流石に準備とかないし無理だけど。
……もし良かったら、ごはんだけなら、うちに来る?」
丁度実家から野菜が届いていたのを思い出した。
一人で食べ切るには量が多くて、ダメになる前に何とかしなければと思っていた所だ。
「いいんですか?」
「狭い部屋だけど、いい?」
「わぁ、嬉しい! 是非!」
こうして急遽、我が家にてお家ごはんの会が決定し、帰りに食材を買いにスーパーに寄り、一緒に帰宅した。