心の鍵はここにある
「……今晩はコロッケか、食いたいな」
部屋に上げて開口一番、先輩はキッチンスペースに確保していた私の明日のおかず用のコロッケを目敏く見つけ、口に入れた。
「勝手につまみ食いしないで下さいっ! それ、私の明日の夕飯のおかずなんですから」
「藤岡の彼女と一緒にメシ食ったんだろ? なら、俺にも食わせろよ」
「私は先輩の家政婦ではありませんから。早く写真撮ったら帰って下さい」
私は台所の片付けをしていない事を激しく後悔した。
よりによって、おかずを食べられてしまうとは……。
揚げ物を日頃控えているから、沢山作ったのに、何故勝手に許可なく食べるかな。
私の不機嫌な顔を見て、先輩は何が楽しいのか、終始ご機嫌で部屋の中をジロジロと見渡している。
「彼女の手作り料理を食べるのって、男は嬉しいものさ。ほら、早く飯の支度してくれよ」
「……お断りします。あれは明日の私の食事です。
生活切り詰めて自炊しているんですから、勝手につまみ食いしないで下さい」
「そっか……、ごめん」
私に叱られて頭を垂れる先輩は、何だか大型犬が飼い主に叱られてしょぼくれている様に見えて、何だか可笑しかった。
「それに今日は藤岡主任と会っていたんでしょう?
この時間なら既に食事も終わらせて来られたんじゃないですか?」
私は、先程使った食器を洗いながら先輩に聞いてみた。
すると……。
「ああ、済ませたけど……。里美の手料理は、別腹なんだよ」
照れた表情を、隠さず私に見せる先輩。
この人、こんなだったっけ?
昔はポーカーフェイスで、何考えてるかわからなかった。
と言うか、そんな深い付き合いじゃなかったし、気にも留めなかったからだろうか。
洗い終わった食器を布巾で拭いて、おかずを盛り付ける。
味噌汁と、お茶碗に白米を控え目によそい、そっとテーブルの上に配膳した。
先輩は、びっくりした表情で固まっている。まさか食事を出されると思わなかったのだろう。
「うちでご飯食べてる写真撮ったら、帰って下さい。一緒に写さなくても、それで十分信憑性あります」
そうだ、わざわざお互いのパーソナルスペースに入って一緒に写真を撮らなくても、これならきっと親密さが伝わるだろう。
「えー、それとこれとは話が別だろ? でも、これ食べていいのか? 明日の分だろう?」
「一緒に撮影しなくても、私の部屋って分かれば親も騙せますから。
それによく考えたら、一緒に撮影したら私の表情でバレますよ。
ごはんは……、今日沢山作って食べたからもういいです」
先輩はしばらく目をぱちくりさせていたけれど……。
テーブルの上に並べた今日の我が家のご飯を改めて眺めながら、スマホを取り出し、何を思ったのか写真を撮った。
「……女子?」
思わず呟いた私の言葉に反応する先輩。
「……あのなぁ、好きな子の部屋に上げて貰って、手料理食べさせて貰えるんだぞ。証拠に残したいじゃないか」
……今、この人『好きな子』って言った……?
いや、きっと聞き間違いだろう。また傷付きたくない。
私は先輩の言葉をスルーして、先輩の向かいに座って、スマホのカメラアプリを起動させる。