心の鍵はここにある

 先輩は、私が振り払った手を再度取り、私の顔を覗き込んだ。
 まるで私が、自分の主張が通らなくて拗ねた子供の様だ。
 そして先輩は、とても優しい眼差しで私を見つめている。
 私が渋々頷くと、私の手を引いてゆっくりと歩き始めた。

 先輩の手が私の指に絡み付き、所謂『恋人繋ぎ』になっているのに気付いたのは、駅の改札に近付いた時だった。
 今更ながら焦って振り払おうにも、先輩の指がしっかりと私の手に絡み付き、離れない。

「電車に乗るまで、このままでいたい」

 先輩の声に、熱がこもっている。
 私は恥ずかしくて、すぐにでも手を外したかったのに、そうはさせて貰えない。
 改札を通過して電車に乗り込むと、時間が早いせいかそれほどの混雑はなく、座席も空いていた。
 二人並んで座席に座る。結局、握られた手はそのままだ。
 恋人繋ぎは流石に恥ずかしくて嫌だと思い、何度か指を伸ばして先輩の手を離そうと努力したものの、先輩はその都度握り締めてくる。

「……電車に乗るまでって言ったじゃないですか」

「あれは混雑してたら里美を守れないから。こんなに座席に余裕があるならいいだろ?
 ……てか、里美の手、小さいな」

 先輩の言葉に、視線を握られた手に向ける。私の身長は百五十五センチ。
 先輩は、学生時代から更に身長が伸びていると思われるので、軽く二十五センチは差があるだろう。
 そんな大柄な人の手と比べたら、私の手が小さいのは当たり前だ。
 まるで大人と子供だ。

「……私はちびっ子ですから、これより大きいとバランス悪くなるし変ですよ。
 それよりも早く手を離して下さいよ」

 無駄な抵抗だとは分かっているものの、先輩に握った手を離してくれないか、声に出してみた。
 嬉しいけれど、恥ずかしい。この気持ちを先輩に悟られたくなかった。だから、私の声色も堅い。

「里美はケチだなぁ。手を握るくらい、減るもんじゃないだろ?」

 いやいや、神経すり減ります。
 口には出せないけれど、無言の抗議で先輩を睨んでみるも、私の目力が弱いのか、先輩は益々顔をクシャクシャにして私の顔を見つめている。

「何その上目遣い、もしかして誘ってる?」

「そんな訳ないでしょうっ!」

「だよなー、こんな公共の場でそんな大胆な事、してくれる筈ないよなー」
< 60 / 121 >

この作品をシェア

pagetop