心の鍵はここにある
ちょうど、他の路線との乗り換えが出来る駅に到着するタイミングで言われたので、人の出入りも多くなり始めた。
「……今日はいつもより早い時間に出たし、改札出たら、コーヒーでも飲んで行こう」
この話は一先ずこの場では終了ということらしい。私は、頷く事しか出来ない。
最寄駅に到着するまで沈黙は続く。
会社のある駅に到着すると、先輩も一緒に電車を降りた。
先週も思ったが、先輩の勤務する会社も最寄駅はここなのだろうか。
先輩に手を引かれ、改札を出て、構内にあるコーヒーショップに入った。
結局、私は先輩の事を何一つ知らない。
在学時に知っていた事は、家族構成(両親とお兄さんが一人いる)と、誕生日、血液型位だ。
誕生日や血液型は、当時先輩のファンだった子から教えて貰ったもので、本人から直接聞いた訳ではない。
唯一聞いたのが、家族構成だけ。本当に、あの頃の自分に呆れてしまう。
裏を返せば、そこまで深く知らないからこそ心の傷もそこまで深くないと言う事だ。
先輩の側を離れていた十二年間、私は恋愛から遠ざかり、傷付かずに済んでいたのだから。
先輩が、私の分のオーダーを聞いてくれる。
私は、ブラックのアイスコーヒーを頼んだ。先輩も同じ物を頼み、座席に運んでくれた。
「さっきの話だけど、俺は真剣に考えてるから。
遊びとかではなくて、きちんと里美と向き合いたいんだ。
週末、松山に行ってご両親に俺の事を話すなら、ウソ彼ではなくて本当の彼氏として話をして欲しい」
信じてもいいのだろうか。アイスコーヒーの氷を見つめたまま、私は動けない。
「俺も、実家に里美の事、話をしてくるから」
先輩の言葉に、私は顔を上げた。
「それは待って下さい」
私は、先輩に訴える。
「どうして?」
「まだ早過ぎます! それに……」
「それに?」
先輩は、私の顔を覗き込む。
先輩は本気なのだろうか。
十二年前に戻って……と言われても、 まだ、肝心な先輩の気持ちを聞いていない。
『好き』の一言が貰えたら、私は間違いなく先輩の胸に飛び込んで行くだろう。
本気で考えている、遊びじゃないと言われても、きちんとした先輩の気持ちを先輩の口から聞きたい。
「……私の事、どう思ってますか?」
意を決して言った言葉は、タイミング悪く先輩の携帯が鳴った事で、掻き消された。