心の鍵はここにある
ゆりさんは、先輩に向かって完璧な笑顔を見せるものの、私にはなし。
彼女に会わせて貰えたと言う割に、挨拶の一つもない。
完全に自分より下だと見下されているのが私にも分かった。
ゆりさんは先程まで私が座っていた席に座って、改めて不躾な視線を私にぶつけてくる。
何とも失礼な人だ。
日頃、対人関係でトラブルのない私でも、この人に対しては初対面で不快感を覚えた。
先輩にも、内心イラっとしているのが伝わるのだろう。
彼女の態度、社会人として余りにも最低だ。
「ああ、紹介するよ。高校時代からの彼女で、五十嵐里美。週末、里美の実家に挨拶に行くから」
先輩の先制攻撃に、ゆりさんの表情が固まった。
「十二年前に、里美が引っ越してずっと会ってなかっただけで、実は俺達別れてないからな」
確かにそうだ。
あの当時は偽物の彼女だったけど、私の急な転校で、関係を解消する言葉なんて交わしていない。
「えっ、……じゃあ待って。……大学の時、私と関係持ったのは、何?」
明らかにゆりさんは動揺している。
どうやらこの人、先輩と一線を超えた関係を持ってたんだ。だからこそ、周りの人を威嚇して、牽制してるんだ。
「あの頃も今も、ずっと言ってたよな。俺には好きな子がいる。
関係を持っても心は彼女のものだからって。彼女ヅラするなって」
「でも越智くん、大学途中から、女の子達みんな関係切って行ったじゃない。
その時に言ってたよね、『ずっと忘れられない』って。
それ、初めての時の事じゃないの?
私の事を忘れられないから、そう言っていたんじゃないの?」
……聞いていて頭が痛くなって来た。
朝一番、人の多い場所で話す事ではない。この人、かなりイタイ人だ。
先輩も、よりによって何故この人と関係を持ってしまったんだろう。
他人事だけど、他人事ではない。
「はあ? 俺は、里美と会えなくて荒れていたのは事実だけど。
声かけられたら割り切った奴の相手になったけど。
実際別れた訳じゃないし、『ずっと忘れられない』のは、この里美の事だ。
大学時代、荒れたオンナ関係を清算したのは、松山に帰省して里美を見てきたからであって。
里美に相応しい男になりたいと思ったから、全ての関係を切っただけで、中山の為じゃない。