心の鍵はここにある

 先輩にストーカー紛いな行為をし、職場の上司と不倫をしていた挙げ句の果てに、先輩を不倫の隠れ蓑にしようとするあの人の強かさ、図々しさに、腹が立ってきた。
 と同時に、先輩の身辺が心配になってきた。

「先輩、大丈夫ですか?」

 私の方がよっぽど動揺していたのだろう。
 先輩に抱きしめられて、初めて自分が震えていたのを自覚した。
 先輩は何も言わず、私の震えが治まるまでこのままでいてくれた。
 ようやく震えが止まった頃に抱擁を解いてくれ、私の顔を覗き込みながら話してくれる。

「里美、ありがとう。沢山嫌な思いさせてごめんな……。
 話したい事がいっぱいあるから、今日の仕事帰り、部屋に寄ってもいいか?」

 きっと、先輩側の事情を知っておいた方がいいのだろう。
 今週末、私も自分の都合に先輩を巻き込んでしまうのだから。
 頷いて、時間を確認すると、ちょうどいい頃合いになっていた。
 改めて先輩から会社を出る前に連絡を貰う約束をすると、私は会社へ向かった。

 * * *

 いつもと同じ時間に会社へ到着した私は、すぐに事務服に着替えて総務の部屋に向かった。
 朝礼が終わり、先週各部署宛に纏めた荷物を配る為に倉庫へ向かう途中、藤岡主任に呼び止められる。

「昼休み、ランチミーティングするから」

 その一言だけで、拒否権などない。
 きっと主任は、私の様子がいつもと違う事を察したのだろう。そして、その原因が、越智先輩だと言う事を。
 私は、気持ちを切り替えて業務に就いた。


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