心の鍵はここにある
「拓馬くん、何か事情があるみたいだから……。里美さん、本当にすみませんでした。でも、メガネない方が絶対いいですよ」

 春奈ちゃんが藤岡主任を諌めて、代わりに私に謝ってくれた。
 なんだか逆に申し訳ない気持ちになってしまう。

「ありがとう。ちょっとコンプレックスがあって。遮るワンクッションがあるほうが安心できるんだ」

 そう言った時に、襖が開いて、女将さんがアルコールを持って来た。
 出入り口に近い春奈ちゃんがテーブルに配膳してくれ、女将さんが煮魚を持って来た。
 女将さんが襖を再び締めて退席すると、とりあえず乾杯する。
 何だか微妙な空気だ。

「じゃあ、飲み物来たし、乾杯するか」

 藤岡主任の声に、グラスを持ち、とりあえず乾杯した。
 話すことなんて何もないから、早く帰りたい。
 出された料理を食べたら帰ろう。

 私はグラスに口を付けて、とりあえず少しだけビールを飲んだ。

「とりあえず、少し食べてから話をしようか」

 藤岡主任の言葉に春奈ちゃんが頷いて、甲斐甲斐しくお世話を焼いてくれる。
 さっきから気になるのが、藤岡主任の席の隣。空席なのに、突き出しの小鉢がセットしてある。
 私の視線の先を見た主任が、徐に口を開いた。

「後から一人、来るから」

 こんなこと、ひと言も聞いてませんが。ならご飯を食べたら帰ろう。
 私の思考を読んだのか、主任は再び口を開く。

「実は五十嵐さんに紹介したい奴がいるんだ」

 その言葉を聞いて、私はもちろんだけど、隣に座る春奈ちゃんも驚いた。

「何を勝手にそんなことするのよ。里美さんに彼氏がいたらどうするのよ!」

 春奈ちゃんの言葉に、主任はしれっと一言。

「いや、きっと五十嵐さんって彼氏いない歴イコール年齢だから」

 確かにそうですが、あなたに言われたくありません。
 俯きながらもついつい睨んでしまう。

「いや、だってさ、やっぱり彼氏いるといないとではやっぱり違うだろう? 回りもうるさく言わなくなるだろうと思うし。ちょうど彼女募集してる奴がいるんだ」

 ビールを飲みながら、主任が私と春奈ちゃんに話をする。

「そいつ、初恋を拗らせて、高校時代に好きだった子に告白する前に逃げられちゃったんだって。それ以降、ちょっと荒れてたんだけどさ。基本、性格はすごく真面目な奴だから、五十嵐さんも真面目な子だし、多分合うんじゃないかな」
< 7 / 121 >

この作品をシェア

pagetop