心の鍵はここにある
チョコファッションを一口分ちぎって口に運ぶ。程よい甘さとチョコレートのまったりとした甘さが口の中に広がる。咀嚼して飲み込み、コーヒーを口にした。
ドーナツで口の中の水分が取られているから、みるみるうちにコーヒーが口の中に広がる。
「……美味しいです」
藤岡主任は、笑いながらゆっくり食べてと言う。
日頃、私は昼食は弁当を持参したり、通勤途中でコンビニやパン屋に立ち寄って購入したりするので、外食するのは稀だ。
私もはいと返事して、ドーナツを頬張る。私が最後のドーナツを頬張るのを確認し、藤岡主任は徐に口を開いた。
「……越智絡みで、何かあっただろ」
流石主任の洞察力。
極力態度に出さないようにしていたし、今朝は各部に回っていたから気持ちも切り替えていたけれど、やはりいつもの私とは違ったのだろうか。私は、口の中のドーナツを飲み込むと、頷いた。
「……はい。業務に支障が出る様な事ではないですが。先輩から、何か聞かれましたか?」
グラスの中の氷が溶けて、ぶつかり合ってカランと音がした。
「今朝、君の様子を見ていて欲しいとだけ連絡があったけど、詳しい事は何も。
あいつ学生時代オンナ関係荒れてたって、会わせる前に言った事、覚えてる?」
『さくら』に連れて行かれた時に、確かそんな事聞いたかも知れない。あやふやな記憶を必死になって遡る。
そんな私の様子を見て、藤岡主任は苦笑い。
「ま、あの日は五十嵐さん、キャパオーバーになる事ばっかりだったから、覚えてなくても仕方ないか。
……あいつね、五十嵐さんが急に転校して居なくなってから、松山から逃げる様に大学でこっちに出て来て荒れてたんだ。
あのルックスだから、多分高校時代もモテてたんだろ?」
藤岡主任の言葉に頷く私。そんな私を見て、主任も言葉を選びながらも、私の知らない学生時代の先輩の事を私に話す。
「俺は大学に入ってからの付き合いだから、それまでのあいつの事なんて知らなくて。
いずれ分かる事だから正直に言うけど、当時の越智はオンナ関係だらしなくてさ。
あ、今は違うから。誤解しないで聞いてくれる?
でも、決して自分から相手を誘う事はなくて。一晩と割り切ってる子の誘いだけだった。
だから長続きする事もないし、付き合ってないからあいつも相手に気持ちがあった訳でもない。