心の鍵はここにある
私の問いに、力なく頷く先輩は、飼い主に叱られた大型犬に見えて何だか可笑しくなってきた。
私は笑いを堪えるのに必死で俯いたままだ。
肩の震えが止まらなくて、先輩は私が泣いていると思ったのか、必死になっている。
「でもなっ! 里美が大学で松山に戻っ て来たって聞いて、一度松山に帰って大学に行ったんだ。
高校時代の里美の雰囲気と全然違ってたから、声もかけられなかったけど。で、その時に決意したんだ。
里美に相応しい男になりたいって。だから、フラフラしていたのも止めて、だらしない関係も全て切ったし。
ただ……、中山だけはしつこかったけど……」
確かにプライドも高そうな人だから、自分が一番じゃないのを認めるのが出来ないのかも知れない。
改めてゆりさんの今日の言動や、先輩や藤岡主任から聞いた先輩への付きまとい等、思い出しただけでゾッとする。
あのまま簡単に引き下がるだろうか……。
私が無言でいる事に、不安気な先輩を一先ず置いておき、ゆりさんがこれで先輩や私に関わりを持たずにいてくれるものか、気持ちはそちらに向いていた。
「……やっぱ、引くよな? こんな事やってたって。
でも、里美に会いたくて松山に戻った後は、そんな事してないからっ。それは信じて欲しいんだ」
先輩の声で、再び我に返った私は、先輩に頷いて返事した。
「先輩の過去について、何か言っても過去が変わる訳ではないですから。それはもういいです。
逆に、二十九年間何もないって方がおかしいって思いますから。でも……」
「でも?」
「……これからは、私だけ……、なんですよ、ね……?」
自信の無さから、語尾が尻つぼみしていく。先輩を思わず上目遣いで見つめてしまう。
その表情が、先輩の感情をどれだけ煽っているかなんて気付きもしないで。
先輩は、私の腕を掴んで再度その広い胸に私を引き寄せて抱きしめた。
それは私が潰れてしまうのではないかと思う位に、ギュッと力強く……。
「当たり前だ。里美以外誰もいらない。里美が居てくれるなら、それだけでいい」
先輩の言葉に、再度涙が溢れそうになるのを必死で堪え、幸せを噛み締めた。
私は、ただ頷いて先輩に応えた。
どの位こうして抱き締められていただろうか。
「……ヤバい。ずっとこうしていたら、最後までしたくなる」