心の鍵はここにある
「えっと……、親が転勤族なので、今両親が住んでるのは高松なんです。
 松山も、一時期住んでました」

「へえ、お父さん、転勤族だったんだ。異動は四国内? 他にもあった?」

 主任の言葉に、春奈ちゃんも私に視線を向ける。

「いえ、本社が高松にある会社なので、基本的に四国内の異動でした。
 今は本社勤務なので高松が実家になりますが、両親が愛媛出身なので、定年を迎えたらいずれ愛媛に帰るんじゃないかと思います」

 私の言葉に、春奈ちゃんが食いついた。

「なら小さい頃は転校が多かったんですか?
 私は地元がここだし、転校した事がないから、転校生って興味あります」

 揚げ出し豆腐を食べながら、話は続く。

「そうだね、大体が三年周期だったかな。しかも異動が二月と八月でね。
 八月の異動の時は、お友達にさよならも言えずに転校したりして、淋しかったよ」

 ……そう、あの時もそうだった。
 でも、あの人は私の事なんて何とも思っていないと分かっていたから……。

「里美さん、大学は何処だったんですか?」

 酎ハイを飲み干した春奈ちゃんは、お代わりを主任に頼んでいる。
 私はまだグラスの中のビールが残っているので、お代わりは遠慮した。

「父が松山出身で、祖父母の家が松山にあるから、松山」

 あの人が地元を離れた事を幼馴染から聞いていた私は、迷わず松山の大学を志願し、無事に合格した。
 グラスに半分残っているビールの気泡を眺めながら、過去に想いを馳せている と、主任の携帯が鳴った。
 短い音だったから、ライン通知かメールだろうか。

「もうすぐ来るって」

 スマホの通知画面をチェックした主任は、返信するために画面を開いている。
 ついでにメールチェックもしている様で、しばらくスマホを触っていた。

「グラス、もう空きますか? お代わりどうします?」

 春奈ちゃんはよく気がつく。藤岡主任にはもったいない彼女だ。

「んー、そうだね……。お酒はもういいや。烏龍茶貰おうかな」

 お酒に弱い私は、多分既に顔が赤くなっているだろう。
 顔が、身体が何となく熱を帯びている。
 春奈ちゃんはそんな私を見て、無理にアルコールを勧める事なく烏龍茶を頼んでくれた。
 そして、食べ終えて空いた器をまとめて出入口付近に寄せてくれる。
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