心の鍵はここにある

 ふと、再会した日にお酒が入った勢いで、一度だけ直哉さんと呼んだ時の事を思い出す。
 あの時、確か先輩も名前で呼ばれて照れてなかった……?
 きっと私は照れて名前で呼べないと思っているかも知れないので、不意打ちで名前を呼んでみよう。

「はい、それは追い追い……」

「いや、追い追いじゃダメだろ。ご両親の前でも俺の事『先輩』呼びするのか?」

 そう言われると、返す言葉が出てこない。

「さ、練習するぞ。で、お願いって?」

 ……って、ええっ、何か先輩のペースになってない?
 アタフタしている私を見て、クスクス笑ってるし。何だかなぁ……。
 先輩に流されそうになりつつも、両親や祖父母に紹介した後の対応について話そうとすると……。

「どうせならついでに今晩、うちの両親にも会っとく? お互いの両親に紹介が済めば、後は話は早いし」

 ……はい? それは、もしや……。

「この年齢(とし)で付き合うんだから、遊びなんかじゃない。きちんと先の事も考えてる。
 ……もう、余裕がないくらいに、里美を誰にも渡したくないんだ。
 それなら里美のご両親やお祖父さん達も納得するだろ?
 それに、今お互いが住んでるマンションだって近所なんだし、うちに引っ越してくれば家賃も浮くし。
 ついでだから、この機会に一緒に暮らす事も許可して貰いたい。
 きちんとしたプロポーズは、指輪も用意してないからまた改めるけど、俺はそのつもりで付き合ってるから。
 里美も覚悟しといて」

 話が飛躍し過ぎて、思考回路がショートしそうだ。
 本当に、私でいいの?
 十二年会わずにいて、最近再会したばかりなのに、それでもう仮プロポーズ……?
 先輩……、いや、直哉さん。私は今が一番幸せです。



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