心の鍵はここにある
やがて、直哉さんの唇が私から離れて行くと、そこには銀色の糸が引いていた。
直哉さんの視線は、あの日、初めてキスをした時の様に熱を帯びている。
「里美……。続きをしたいけど、ご両親との待ち合わせに遅れちゃいけないから、今はこれで我慢する」
直哉さんは、最後にチュっとリップ音を立てて再度唇にキスを落とすと、私の上から身を起こし、ベッドの上に腰を下ろし、私を見下ろした。きっと今の私は締まりのない表情をしているだろう。
キスの最中、私の手を握って指を絡ませていただけで他の場所に触れなかったけれど、それでも直哉さんの想いが伝わって来た。
「ほら、いつまでもそんな表情してたら、また襲いたくなるから」
直哉さんはそう言って私をベッドから起こし、化粧直しを促されて洗面所へ連れて来られた。
「口紅取れちゃったから、直した方がいいんじゃないか? 俺は部屋で待ってるから」
確かに鏡に映る私の顔は、口紅はおろか、ファンデーションも汗で流れ落ちている。急いで化粧直しをした。
化粧を直して時間を確認すると、そろそろ部屋を出た方がいい頃だ。
手早く化粧を直し、蕩けていた顔も何とか元に戻っているのを確認して洗面所を出ると、直哉さんも部屋を出る準備が出来た様で、一緒に部屋を出た。
エレベーターで一階まで降りて、またまた先ほどの道を途中まで引き返し、路面電車乗り場へ向かう。
八月の陽射しは、松山だろうが何処だろうが容赦なく照り付ける。
茹だる様な暑さの中、道後方面へ向かう路面電車に乗り込み、目的地である大街道へ。
路面電車に乗り、久々の車窓を眺めてみた。
堀端沿いにある城山公園も、路面電車に併走して通る国道五十六号線も陽炎が立ち上っており、外気の温度が高いのが視覚でも確認出来る。
さっきから、暑い屋外と冷房の効き過ぎている屋内を行ったり来たりで汗が気持ち悪い。
ハンカチ一枚だけでは間に合わないので、タオル地のハンカチを何枚か持って来ているけど、正解だった。
直哉さんも、流れる汗を拭いている。私は、余分に持っていたハンカチで、比較的地味な男性が使ってもおかしくない物をバッグから取り出し、差し出した。
直哉さんは、ありがとうと言って素直に受け取り、汗を拭う。