心の鍵はここにある
路面電車のすれ違いで、坊ちゃん列車が通過している。
坊ちゃん列車は見た目がレトロな列車で、車掌さんが創業時の制服を着用している。観光客にはたまらないだろう。
私の視線の先を読んだ直哉さんは、私の耳元で囁く。
「もしかして、坊ちゃん列車に乗りたかった?」
私はびっくりして直哉さんの方を向くと、イタズラっ子な表情をしている。
「恥ずかしいからこっちで十分です。あれは観賞用で、乗りたいとは思いませんよ」
私も小声で返事をする。
すると、意外だと言わんばかりの表情で、会話が続く。
「そうか?
滅多に乗る機会がないし、あれって特定の駅からしか乗車出来ないのって知ってたか?」
「え? そうなんですか?」
「ああ、確か、道後温泉、大街道、松山市駅、JR松山駅前、古町の 五ヶ所だったかな。
確か料金も千円くらいしたんじゃなかったっけ? よく覚えてないけど、ちょっと高いよな。
路面電車なら一律百六十円なのに」
利便性だけを考えたら、そこまで支払ってまで乗りたいとは思えなかった。
やっぱり坊ちゃん列車は観賞用で十分です。
話をしていると、あっという間に目的地である大街道駅に到着した。お金を払って下車し、百貨店へと向かう。
さあ、いよいよだ。
信号を渡り、待ち合わせ場所であるライオン像の前に向かうと、両親も丁度買い物を済ませて来たらしく、すんなりと合流した。
「里美! 元気そうで良かった。あなた、彼氏が出来たなら直ぐに報告しなさいよ」
母のマシンガントークが始まりそうな気配を感じ、私は即座に直哉さんを紹介した。
「お父さん、お母さん。こちら、お付き合いしてる越智直哉さん。直哉さん、父と母です」
私の直哉さん呼びに、ほんの少し反応したものの、直哉さんは両親に挨拶をした。
「初めまして、越智直哉です。里美さんとは結婚を前提としてお付き合いをさせて頂いております。
どうぞ宜しくお願いします」
直哉さんの挨拶に、両親は驚きを隠せない様だ。
そりゃそうだろう。付き合っている事すら最近知った上に、いきなり結婚を前提としていると発言したのだから。
「立ち話も何ですから、何処かでお茶でも飲みながらお話ししましょうか」
母の発言に、一同が従う。