心の鍵はここにある
大学時代一緒に住んでいたお兄さんは、現在県立高校の教員として東予地区に住んでいるけど、私達の急な帰省の為、部活の指導があり松山に帰れなかったそうだ。
取りあえずは歓迎ムードだった事に一安心だ。後は明日の祖父次第だろう。
ご両親と別れ再びホテルに戻り、交代でシャワーを浴びて、やっと一息入れた所で、直哉さんが私の髪の毛に触れた。
「……髪の毛、乾かさなくていいのか?」
先にシャワーを使わせて貰ったので、タオルドライだけの状態だった。
「熱風でまた汗を掻くと嫌なので、この時期はいつもタオルドライだけなんです」
「髪の毛、傷まないか?」
「特に気にした事はないけど……」
「あっ! それ! もう敬語なしで話をしないか?」
言われてみれば、まだ私は直哉さんに敬語使いだ。
「……うん、努力しま、じゃなかった。努力する」
そう言うと、直哉さんも満足した様だ。そして自身の荷物の中からドライヤーを取り出して、私の髪の毛を乾かし始めた。
「え? ちょっと、直哉さん?」
「やらせてくれよ、里美の髪の毛乾かすの、ずっとやりたかったんだ」
ドライヤーの音で、何を言っているかなかなか聞き取れないのでついつい声が大きくなる。
直哉さんはご機嫌で、鼻歌交じりで私の髪の毛を乾かしている。
何が楽しいのかさっぱりわからないけど、ご機嫌なので、一先ず良しとしよう。
自分では、結構雑に乾かしていたけれど、直哉さんはとても丁寧にドライヤーをかけてくれた。
ブラシで梳かしてくれる手付きは、ぎこちないながらも、絡まった毛先をを無理に梳かしたりはせず、私に痛みを感じさせない様に優しくブラッシングしてくれている。
髪を乾かして貰い、身の回りの世話をして貰った事を改めて自覚すると、思わず照れが出てしまう。
直哉さんはそんな事はお構いなしでベッドの上に座り、壁にもたれると、私に手招きをする。
荷物を角に寄せて、直哉さんの前に向かい合わせで座ると、ふわりと抱き寄せられた。
「今日はありがとう。明日、向こうに帰ったらお泊りだからな。今日は一日一緒に過ごして、少しは慣れてくれた?」
直哉さんの声が耳に直接響くのは、身体が密着しているから。ついでに直哉さんの鼓動まで一緒に聞こえる。
「全然慣れないよ……。みんな直哉さんを見てるし、こっちでも女の子の私を見る視線が怖いし」
そう、今日一日一緒に過ごして、直哉さんを見つめる女性の眼差しと、その後私を見て明らかに不釣り合いだと言わんばかりの蔑んだ視線を感じ、肩身が狭かった。
直哉さん自身、気付いていないのだろうか。
直哉さんは軽く溜息を吐く。
「……里美、外野の目線なんて気にしなくていいよ。
言っただろ? 俺はありのままの里美が好きだよ」
直哉さんの言葉は、まるで魔法の呪文の様だ。
荒くれた私の心の中をすっきりとさせる。まるで北風と太陽の童話の太陽の様な……。
私は頷いて、私を抱き締めている直哉さんの背中に腕を回し、抱き締めた。
一気にお互いの心拍数が上がっていくのがわかる。
うん、この鼓動を信じよう。
私は、聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。
「好き……」
途端、私を抱き締める直哉さんの腕の力が入り、その広い胸の中に閉じ込められる。
「俺も、里美が好きだよ」
この日は直哉さんの宣言通り、キス以上の事は何もされず、ただ私を抱き締めたまま狭いシングルベッドで眠りに就いた。